episode・1 依頼人?

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その後、カフェの隅っこの席、つまり凛のいつもの指定席テーブルで鈴木千穂は凛にその夜の事を話してくれた。彼女の話を要約すると、新たにわかったことが幾つかあった。 閉店後、凛は千穂から聞いたその情報をカフェの壁に設置されたメニュー書き用の大きなホワイトボードにマジックで書いてみた。 情報1 失踪した夜9時頃、千穂は同じ塾に通うクラスメイトである涼也を塾帰りに母親の送迎する車の中で見かける。涼也はパーカーのフードを目深に被って、駅前大通りの交差点で一人で信号待ちをしていた。手には青い袋のようなものを持っていた。 情報2 普段から涼也は漫画を読まないと本人が言っていた。読書が嫌いで、勉強も嫌い。塾に通い始めたのは半年前から、成績はいつも最下位で、千穂と知り合ったのは塾の追試試験でシャープペンの芯を忘れた千穂にこっそり貸してあげたことがきっかけ。千穂が好きになったことをきっかけに話すようになる。入学から現在まで学校に来ても保健室で体調不良で寝ていることが多かったため、クラスでの存在感はいまだに無い。しかし最近、ゲーセンで知り合った他校の不良達と夜遊びしているところを何度か目撃されていた。しかし近頃、涼也の顔や体に小さな傷が出来るようになり、気になった千穂が事件の前の日、塾の帰り際に聞いたが涼也は答えずに先に帰ってしまった。 見解1  涼也が交差点で信号待ちをしていた時、持っていた青い袋の中身は? カフェで万引きをしたのが午後8時半頃であり、来店した時は手ぶらだったので、店を出て約30分の間にどこかで何かを買った? 見解2  涼也の傷は何が原因か? なぜ唯一心を開いていた千穂にその理由を隠したのか? 三日月の見解3  警察は涼也を「行方不明になっている」と表現。 千穂は涼也を「家出している」と表現。そして、普段漫画を読まないという彼が万引きをするわけはなく、誰かにそそのかされたのではないかと考えている。その誰か、とは? 以上を書き終えた凛は、腕を組み考えこんだ。それをお風呂からあがってきた山辺が上半身裸で肩からバスタオル姿で冷蔵庫からアイスを取り出し、背後に立って眺めながら舐め始める。 「先輩が探偵っぽいことしてる」 凛はドヤ顔をして、ちょっとそこに座りなさい、と椅子を二つ持ってきて山辺をホワイトボードの前に座らせ、自分も横に座った。山辺は凛が珍しく髪をアップにしているのでその項にドキドキした。 「この中でキーポイントになるのは、どれだと思う?」 「見解3」 「そう、すごい、山辺」 「わかりますよ、大体。三日月の見解、ってすっごいアピってますし」 「なんていい相棒!」 「別に褒めてませんけど…。あ、そういえば、そういうタイトルのドラマありましたね」 「名作よね。映画も含めて全シリーズ見てるけど、気に入ってるシーンはね…」 「脱線してます、先輩」 「あら、いけない。そう、キーになるのは見解3。刑事は彼の家族が彼が失踪してから一週間後に捜索願いを出したって言ってた。もし彼が何らかの理由で「家出」したのだとしたら、捜索願いを出すのが」 「遅すぎますね」 「そう。家出したとわかっていたなら、すぐに捜索願いを出すはずよね」 「だから先輩あの時、刑事さんにちょっと待ってくださいって言いかけたのか…」 凛はそう、と頷き、私もアイス食べよと冷蔵庫に取りに行く。 「それでね、瀬戸さんからのメール情報によると、涼也君の父親は医者らしいの」 「医者?」 「そう、小児神経医の第一人者でその分野で有名な人で小児精神医療、つまり脳の機能的障がいについて研究した著作を何冊も出したり、テレビ出演もしている」 凛は私も母が読んでいたのを借りて、読んだ事を思い出した、とは言わなかった。 「へえ…瀬戸さんとメールやりとりしてるんですね」 「協力し合わないとね」 ちょっと面白くない山辺に凛は全く気が付かず熱弁をふるう。
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