プロローグ

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「熱っ!」 手のひらをひらひらさせて熱がる青年は、山辺穂高、25歳。漆黒の艶やかな髪、熟れた葡萄の実のような瞳をして、若い鹿の湛えるような凛々しげな面持ちで佇み、適度に鍛えられたその若さ溢れる体つきは小麦色に滑らかで傷一つ無く綺麗である。人目を引くこの青年は、このブックカフェ「ロバの耳」の若き店主だ。一年前に他界した祖父がこの場所でやっていた個人書店が廃業した跡をリフォームして、このカフェを始めた。カフェを始める前は卒業した大学の図書館の司書として二年ほど勤務していた。 カフェでは店で以前商品として並べていた在庫の本も多くあったが、それだけでは客の興味が引けないと、新刊の書籍や雑誌、漫画など売れ筋も一通り置いていた。人気で入手困難な本もあったが、彼の父親は出版社の多くを取引先とする大手広告代理店の重役でもあったから顔が利くこともあり手に入れることが出来ることもあった。店の近くには中高大の一貫校があるのも手伝い、平日も授業の合間や後に立ち寄る大学生らも多くいる。 そして、見目麗しいこの店主、主に女性客達の注目を集めていたが、彼には想い人がいるため、時折頬を染めた彼女達に告白されることがあっても断っている。彼は店を始めてまもなく近所に引っ越してきた高校の元先輩、凛に片想い中なのである。彼が入学式で見かけた際に一目惚れし、同じ部活に入り、それなりに仲良くなったのだが、肝心の想いを伝えられないまま、凛は卒業してしまった。それは昔から恋愛に関しては不器用なところのある彼の、今となっては誰にも言えない過去だったりする。 「大丈夫?」 社会人になってからの思いがけない再会から想いが再燃している真っ最中の山辺がのけぞった原因がまさか自分にあるとは思いもかけず、凛はコップの水を傾けておしぼりに垂らすと穂高の手を掴み、その赤くなった部分に押し当てた。 「だいぶ赤くなってるよ。薬塗った方がいいんじゃない?私、塗ってあげるよ。薬箱は2階?」 立ち上がって、彼の住居へ侵入しようと階段へ向かおうとする凛を山辺は慌てて引き留めた。 「だ、大丈夫です!今は散らかってますから…」 「こういうのは、早く処置しないと跡が残るんだよ。薬箱はどこ?」 「い、いいです。自分で持って来ます……」 「だって、店、開けられないでしょ。代わりに取ってきてあげる」 「う……」 答えに窮しながら、山辺は散らかり放題のカフェの二階にある自分の住居を思い浮かべ、ぞっとした。薬箱が入っている棚の引き出しには、昔の卒業アルバムも入っていて、その真ん中あたりには未だ捨てられていない友人に頼んで、凛を隠し撮りした写真がいくつも挟まれているからだ。 それを見られたが最後、自分が凛に惚れていることがバレてしまう。 告白もせずにそんなみっともないバレ方をするのは仮にも『めちゃくちゃイケメンでクールでカッコいいカフェ店主』と客達の間で評判の山辺のプライドにおいて、到底許されることではない。
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