プロローグ

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「とりあえず、自分で行くので、先輩はここで店番、お願いしますっ」 山辺は自分のエプロンを外すと、スポッと凛の首にかけて、カフェの奥にある 二階への階段をあたふたと駆け上がっていった。 「変なの。まあ、いいけど。お客さんいないし」 凛は店内を見回して、にんまりと笑って、思いっきり伸びをした。 「あー、明日はお休み!天国う~!!!」 今日は月曜日の夜だ。秋の初めで朝から曇り空の今日は少し肌寒い。書店員の彼女は入社8年目の中堅社員で、客足の多い土日の休みは少ない。代わりに平日に休みがあることの多い彼女は今週末の勤務を終え、休みに入る前の夜をここで過ごすのが日課になっている。ここで何をして過ごすか、それは幼い頃から大好きだった恋愛ドラマを観るのだけでは飽き足らず、自分で書くことだ。 「ああ、せーっかく聞こうと思ったのに、山辺ったら」 凛は目の前のパソコンに戻り、ため息をついた。 「まだ初めてのデートだもんね、キスするのはやっぱりまだ早いかな…書き直し、書き直しっと」 凛は舌をペロリと舐めると、ちょっと零れたコーヒーを一口啜ると、また執筆にのめり込んだ。 その時、リン、と呼び鈴がなり、カフェのドアが開いた。そこに立っていたのは一人のすらりとした男で、彼は降り出した雨にやられたのか少し長めの濡れた黒髪をかき上げ、ハンカチで上着についた水滴を拭くと、店に一人いる凛に声をかけた。 「あの…」 凛は集中していて気が付かなかったので、彼は困ったように凛の傍に来て、 背後から再び声をかけようとしたが、凛が一心不乱で打ち込んでいる文章 に気が付き口を閉じて、それに見入る。 「…キス、してもいいんじゃないかな」 彼の唇がそう言った時、凛は我に返って振り返ると、黒髪の男は申し訳ない、勝手に見てしまってと頭を掻いて、後ずさった。 凛は目を丸くした。彼女はその男をよく知っていた。彼は凛が尊敬している脚本家である瀬戸洋平、その人であった。
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