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「ちょうど店員が裏口から出て行く瀬戸を見かけたのが23時だったって」
「23時」
「それからその店員が翌朝4時にあがろうとした時、また戻って来たって。それからはずっと6時ぐらいまで店にいて、二人は一緒に帰って」
「いったん店を出た。23時から翌朝の4時まで、5時間か。その間、瀬戸がどこで何をしていたか、だな」
「涼也君が発見された現場のある鶴見高原まで5時間で行けるか…」
調べると、高速を使って飛ばしたとしても片道2時間ほどしかかからなく行けることが判った。
「往復4時間でバーから現場まで行けるなら、そこで涼也君を襲うことは可能だね。でも、それだと誰か他の人物が涼也君を拉致して現場まで連れて行くしかない」
聡子はガムをくちゃくちゃと噛みながら、膨らませ、パチンと弾かせた。
「…共犯者がいる」
「ありえるよ」
山辺は立ち上がり、ホワイトボードに《田中麻美》と書いた。
「瀬戸に深く関わっていそうな人物は、今のところ彼女しかいない。でも、彼女は3日前に崖から落ちて亡くなった。自殺かそれとも他殺か。彼女の手には先輩の髪の毛が一本残されていた。いずれにせよ、先輩と接触があったということになる」
「凛姉はその女が亡くなった日の夜に瀬戸と会ってた。やっぱりその瀬戸って男が怪しくない?例えば、凛姉とよろしくやっているところを田中麻美に見られて、それで逆上した麻美が凛姉に襲い掛かって、取っ組み合いになって、髪の毛が一本抜けて、それが手に握られていた」
「瀬戸は止めに入って、一端は先輩を家に送り、その後、再び田中麻美に会いに行き、彼女の存在が邪魔になったから自殺に見せかけて崖から突き落とした。そう考えられないこともないな」
「瀬戸のその夜のアリバイは?」
「先輩を前の自宅マンションに送ってから、帰宅、翌朝6時過ぎの飛行機で羽田から沖縄へ。そして舘野社長と那覇空港で合流したのが午前9時だ」
「じゃ、先輩がいなくなった夜のアリバイは無いってことだ」
「ああ。もし瀬戸が犯人だとしたら、午前一時頃、あの崖周辺で誰かに目撃されている可能性はある」
「警察は?」
「聞き込みはしているけど、まだ目撃証言は出てないそうだ。何しろ真っ暗闇の山林にその時間にでかける人間は普段からほどんどいないそうでさ」
「うーん、難しいね」
「ああ。…どこか違う観点から何か手がかりを見つけるしかないな…」
「あ…凛姉と瀬戸が食事をしたレストランの方は?」
「うん。二人が店を出るまでは見送った店員が見ているけど、その後の目撃証言は出ていないらしい」
「あとは先輩の住んでたマンションあたりだね」
「そこも同じらしい」
山辺は目をこすった。
「ねえ、ひょっとして眠れてないの?」
「…ああ」
聡子は目の下にうっすらと隈を作り、無精ひげが伸び始めている兄の心情を思った。
「兄貴」
「ん?」
「凛姉が無事に帰ってきたら、ちゃんと伝えな?」
何を?と横を向いた兄に妹は喝を入れた。
「自分の気持ち」
「……」
「返事は?」
山辺はホワイトボードに書いた推理を写メに納める。こうやって保存しておけば、あとは自由にメニューを書くことが出来るからだ。
「わかってるよ」
聡子は兄の背中にため息をついた。
「一体何に遠慮してんの?凜姉の気持ちひっくり返すぐらいの気持ちでいかなきゃ、本気伝わらないよ?それとも指咥えてずっと見てる気?情けないよ、それって。マジ全然、男らしくない」
山辺は何も言い返せなかった。
その後、聡子が帰った後も山辺はあらゆる観点から今回の事件を考えてみることにした。時間がない。今もどこかで凛は危険にさらされているのだ。とにかく、現場へ行ってみよう。山辺は翌日、店を臨時休業にして、田中麻美が発見された崖に行ってみることにした。
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