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田中麻美の遺体が発見された崖の上には立ち入り禁止のテープが貼られていた。山辺は人気が無いのを確認すると、そうっとそれをくぐり抜けて崖に近寄っていった。下を見おろすと、急斜面になっていて、樹木で先は見えなくはなっているが、下には白っぽい建物が樹木の隙間から見えた。山辺は建物に行ってみることにし、来た道を戻った。
下に降りていくと、その建物の敷地はかなり広く、入り口には「地域福祉の家・スマイル」と書かれてあった。
「何か御用でしょうか?」
ふいに声をかけられてそちらを見ると、こちらに歩いてくる一団があった。見たところここの職員であるのかジャージを着た若者二人と声をかけてきた初老の女性に挟まれて数人の障がいを持って暮らす20前後の若者から高齢者がこちらを感情の読み取れないまなざしで見つめていた。その中にはながいたが、山辺はそれが凛の妹だとは知らなかった。
「すみません、こちらに田中麻美さんという女性はいらっしゃいますか?」
山辺の問いに話しかけてきた初老の女性は眉を曇らせた。
× × ×
声をかけてきたのは施設長だという近藤英子、55歳だった。英子は応接室に山辺を連れて行くと、話を聞いてくれた。
「今、なんとおっしゃいました?」
「春野凛さんです」
「春野…」
「ご存じなのですか?」
「あ…同じ名前を最近いらした警察の方からうかがったものですからつい」
「警察も来たのですね」
「ええ、この施設の裏で起きた田中さんの転落事故について調べていると言ってました。その時に春野さんという方の写真を見せられて、このあたりで見かけたことはないかと聞かれました」
「私も彼女を捜しています」
「お知り合いなのですか?」
「…大切な人なんです」
「…そうなのですね。それは、ご心配ですね」
「心当たりは本当に無いのですか?」
「ええ。田中は確かにうちの職員ですが、春野さんについては存じ上げないお顔です」
突然、扉が叩かれ、二人は驚いてそちらを見ると、はなが扉を開けて入ってきて、山辺の前に立った。
「なまえ、なに?」
「え?」
「はなちゃん、急にどうしたの?」
「私、この人、知ってる」
「え?」
「はなのおねえちゃんのしゃしん、見た」
「写真?」
「おねえちゃんのアルバムにいた」
「アルバムって…ねえ、君の名前は?」
「はな。はるのはな」
山辺は目を見開いた。
「君、先輩を知ってるの?春野凛を知ってるの?」
はなはにっこりと笑って山辺に頷いた。
「おねえちゃん。おねえちゃんだよ」
花の咲くような明るい笑顔だった。
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