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英子が驚いたように言った。
「はなちゃんと苗字が一緒だとは思っていたけど、まさかお姉さんだったの!」
山辺は目の前にいる色白の儚げな乙女が凛と似た顔立ちではないので、本当に妹なのかと信じられなかった。先輩に妹がいるなんて知らなかった。そんな話が出たことも無かったから、凛は一人っ子なのだとずっと思いこんでいた。
はなはにこにこと微笑みながら、英子の隣にくっつくように座って言った。
「お外、行きたい」
「あら、散歩から帰ってきたばかりよ。これからお昼になるから、食堂へ行っていてね」
優しく促す英子にうん、わかった、と言うとはなは立ち上がって、山辺に行った。
「王子様みたい」
「え?」
「絵本に出てくる王子様。王子様は悪者を退治してお姫様を助けるんだよ?」
「…ああ、そうだね。カッコよく助けるんだ。必ず」
はなは山辺の返答に満足そうににっこりと笑うと、ばいばいーと山辺に手を振って出て行った。
「はなちゃんはこちらに入居したばかりなんですよ。明るい性格でもう皆になじんで楽しそうにしています」
「入居されたのは最近なのですか?」
「ええ、お父様とお母様が付き添いで一緒にこちらに来られたんですよ」
「そうなんですね」
そのお父様と言うのは先輩が言ってた再婚相手の方だろうか。
「お姉様の手がかりは見つかっていないのですか?」
「はい。失踪してから今日で4日目です」
「まあ」
「あの、事件の夜の事なのですが、こちらで何か普段と変わったこととかありましたか?」
「警察にもお話はしたのですが、その日、田中は非番でした。夜勤のものは常時数名おりまして、そのうち崖側の部屋の一階に寝泊まりする部屋がある人間が気になることを言ってました。あの晩、裏の山道を誰が走っていくような足音を聞いたと」
「それは何時頃ですか?」
「午前一時頃と申してました」
午前一時…田中麻美が転落した時間と重なる。その足音は田中麻美なのか?その山道の上は崖につながっている。それは先ほど実際に降りてきたからわかる。徒歩だと数十分で上に着ける距離だ。
「その足音は一人のものでしたか?」
「それがわからないようです。直接窓を開けて確認したわけでもないらしく」
「そうですか…」
山辺は田中麻美の日頃の勤務態度について、聞いてみることにした。
「よく働いてくれておりました。遅刻することも無かったですし、細かいところにも良く気が付いてくれて、同僚からも信頼されておりました。ただ最初に面接にいらした時は驚きましたが」
「それはどうして?」
「だって、大きな病院内の心臓外科で一線で働かれていたお医者さんですよね。そんな方がうちの施設の清掃の仕事を希望されてると聞いたので。最初は医療スタッフの募集でいらして下さったのかと勘違いをしたくらいです」
「なるほど…その件に関して彼女に理由を聞いたことはありましたか?」
「ええ」
「彼女は何て?」
「少し疲れてしまった、とだけ」
「疲れてしまった?」
「はい。その時はお子さんの痛ましい事故のことを知らなかったものですから流してしまったのですが、後で事情を知って、お辛い心情なのだなと思ってはおりました」
「事情を知ったのはなぜですか?」
「まあ、田中さんは美人ですし、噂好きの男性職員達が調べたのでしょう」
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