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「春野凛さんのお知り合いだとか」
「はい、山辺と申します」
「そうでしたか。今、行方不明になっておられるとか…心配ですね」
「ええ」
「それで、私に涼也の事で話があると。どういったことでしょうか?」
「田中麻美さんをご存じですか?」
「田中…ああ、以前うちの心臓外科で働いていた同僚です」
「彼女は四日前に亡くなりました」
「え?」
「崖の下に転落したということです」
「……また、何でそんなことに」
「警察は自殺か事故、他殺の線も考えて捜査しているようです」
「他殺?」
「ええ」
「彼女がこちらに勤めていた時、誰かに恨まれるといったような事があったとか、何かご存じではないでしょうか?」
「恨まれる…うーん、思い当たりません。彼女は、とても信頼されている心臓外科分野のホープでしたし、実際、数々の難しい手術もわけなくこなしていましたから患者の家族からもとても感謝されている存在でした。まあ、あの痛ましい事故があって、かなり前に病院を辞めましたが」
「15年前の息子さんの事故ですね」
「ああ、そうです。僕もあの時は言葉を失いました。なんとか彼女を引き留めようと説得もしたのですが、やはり精神的に参ってしまい、医師としてここで仕事を続ける気になれないと引き留めることはできなかったんです」
「なるほど」
賢二医師は先ほど秘書が淹れて行った珈琲を啜った。
「でも、なぜ田中さんの事を?」
「転落死された田中さんの遺体の手に春野さんの髪の毛が一本、握られていたんですよ。握り締めた拳の中にあったそうです」
「髪の毛…」
彼は眉間に皺を寄せた。
「春野さんは田中さんが転落した同じ日に貴方もご存じの瀬戸洋平さんと二人で出かけていました」
「瀬戸君の事は知っています。兄が仕事でお世話になっておりますから」
「半年前に対談もされてますよね」
「ああ、あれは兄の計らいで、当時瀬戸さんが書かれていた医療ドラマの番宣というのでしょうか、それを兼ねて私と田中が監修を依頼されていたこともあって、実現したんです」
「田中さんと瀬戸さんはその頃からお付き合いされていたようなのですが、それはご存じですか?」
「え?」
賢二医師は怪訝な顔をした。
「それはいつの話ですか?」
「対談のあった半年前から付き合っていたと聞いています」
真島刑事がそう言っていたのだから、確かなはずだ。
「知らなかった…というか、それは本当なのですか?」
「え?」
今度は山辺が眉を顰める番だった。
「だって、その当時、瀬戸さん、確か結婚されてお子さんもいらしたかと思いますが」
「結婚していた?」
「ええ。私、あの後、瀬戸さんが兄と付き合いがあると知って、話が合いましてね、二人で対談の後、飲みに行ったんですよ。彼の自宅に。そしたら、綺麗な奥様と2歳の男の子が一人出てきて」
真島刑事は瀬戸さんに妻子がいることは言ってなかった。突き止めていなかったってことは…世間的にも公表してなかったってことか?
「妻子がいらっしゃるとは思っていませんでした」
山辺の漏らした台詞に賢二医師は言った。
「公にはされておられなかったようですよ」
「なぜでしょうね?」
「さあ」
賢二医師はゆっくりと首を横に振ると、珈琲を飲みほした。
「申し訳ございませんが、これから来客がありますのでこれで」
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