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階段を降りきると、瀬戸は階段の下にある地下室の鍵を開けた。そこはミステリーフリークの瀬戸がこの自宅を建設する時に個人的な趣味で作った小部屋だった。扉を開けると、彼は部屋の隅の簡易ベッドで背中を向けたまま眠っている女に声をかけた。女は瀬戸が用意した白いコットン素材のワンピースを着ていた。
「さあ、お茶の時間ですよ。凛さん」
凛は目を覚まし、目を擦った。
「そのまま楽にしていてください」
瀬戸は微笑むと、凛の目の前に持ってきたトレイを置いた。
「沖縄土産に買っていたお菓子です。こっちが塩味で、こちらがイチゴミルク味。どちらもおすすめですよ?」
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですので、そろそろ家に帰ります」
「まだ、危険です。貴方を襲った女性が亡くなりました」
「え…」
「貴方をレストランの駐車場で襲った女性です」
「何で?」
「崖から転落したようです。警察は事故と事件の両方で捜査しているようです」
「事件…あの、なぜ私は襲われたんでしょうか?」
瀬戸は眉間に皺を寄せ、唇を引き結ぶと、凛に深々と頭を下げた。
「私のせいです」
「え?」
「彼女は私の交際相手でした。今はもう別れていますが」
瀬戸は手を伸ばし、凛の顔にかかった髪を耳にかけた。
「私が今愛しているのは貴方です」
凛は目を見開いた。
「貴方は若くて、人生に希望を持っていて、実に魅力的だ。僕の絶望的な過去に光をくれるマリアは貴方だ。僕は貴方を守りたいんです。だから何かあっては困るのでここに匿っています」
「でも、一度家へ帰らなければ。職場にも有給休暇の延長を願い出なければいけないので」
「もうお辞めになるのでしょう?後の事は後任の方にお任せすれば良いのでは?」
「…」
「もし、彼女の転落が事故ではないとしたら、他の何者かが彼女を殺したことになる。この事件の真相がわかるまではここにいてください」
「瀬戸さんは事故じゃないと思ってるんですか?それはなぜ?」
凛は訝し気に聞いた。何か心当たりがあるのだろうか。
「別れ際に彼女が捨て台詞を吐いたんです。これで済むと思わないで、と。それは冷たいまなざしでした」
瀬戸は凛の頬を撫でながら、そうっと顔を寄せてきた。
「そんな台詞を吐いたばかりの人間がその後すぐに自殺するとはとても思えない。彼女は何者かにあの後、崖の上から突き落とされたんです」
「…」
「彼女の事件の真相がわかるまでは、ここにいて欲しいんだ。私は凛さん、貴方を守りたいんです」
「瀬戸さん…」
瀬戸はゆっくりと凛の唇に自分のそれを重ねようとした。凛は甘い言葉に溺れ、ゆっくりと目を瞑った。その時、後ろで物音がした。
瀬戸がはっとして振り返ると、そこには今階段を降りてきた山辺が立っていた。
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