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「放置したのだから、彼女は涼也君を助ける為に駆け付けたのではないんじゃないでしょうか?」
「え?」
「彼女は瀬戸と通じていた。もしかして瀬戸にそうするように指示されていたとしたら?」
「どういうこと?」
「彼女は先輩を襲ったのも瀬戸の指示があったからですよね?拉致するから後ろから殴れって。同じように涼也君の時もアリバイ作りの為に現場に行けない瀬戸の代わりに現場に行き、人口呼吸をして、意識を取り戻させた。おそらくその場に舘野もいた。つまり、意識を取り戻したのに、救急車を呼ばなかったのは故意で、涼也君を放置して変わらず危険な状態にしたままにすることで蘇生した後に脳に障害が残る可能性にかけた」
「そっか、彼女の専門は心臓外科…」
「はい。涼也君を死なせずに植物状態に追い込むのが初めから三人の目的だったのかもしれません」
「初めから?」
「そうです。例えばなんですが、涼也君に自殺願望があったとしたら、どうでしょうか?」
「え?」
「涼也君は普段から家族に疎まれていた。塾では成績はいつも最下位にいたようです。彼が家出をして不良仲間と遊び歩くようになっても誰もかまってはくれなかった。彼は家族に相手にされず居場所が無かったとすると、死にたいと思っても不思議ではない。もし、それを瀬戸さんが知ったとしたら」
「え?」
「瀬戸には好都合です。何しろ父親を憎んでいる」
「なるほど…」
「僕、ずっと変だなと思っていたんですが、涼也君と瀬戸さんは万引きをした日、初めて会ったのではないんじゃないでしょうか」
「え?」
「二人がレジの前でぶつかった時、涼也君は瀬戸さんを見たんです。あのまなざしは一秒以上だった。普通、赤の他人をあんな風にじっと見たりしません。たとえぶつかった相手だったとしても、自分は万引きをしてしまった直後なんですから、視線を合わせる事など無く、とっとと店を出て行くはずです」
「二人は知り合いなのに、お互いに知らないふりをしていた訳?」
「そうです」
「何で?」
「知らないフリをしなければいけない理由、それはこれから涼也君がその後、何者かに誘拐され、植物状態になるという一連の事件を成立させる為だった」
「…成立させる為」
「そう、涼也君の自殺願望を知った瀬戸は好都合だと考え、涼也君に自殺するなら、お父さんを後悔させて死ぬ方法がある、と彼に言ったんでしょう。ただ自殺するだけなら、君の父親は君が弱虫だったからだと笑うだろうが、もし、誰かに殺されたのなら、悔やんでくれるだろう。その方がお父さんに復讐できるって。でも、田中麻美の蘇生のせいで植物状態になってしまった彼を父親はたった一度しか見舞うこともなく放っている。結局、復讐が果たせたと言えるのかは疑問です」
「でも、そうだとしてよ。涼也君本人に自殺願望があったことは、どうやって証明するの?」
「証明は出来ませんね。彼は眠ったままです」
「そうだよ」
「田中麻美も死んでいる今、総てを知っているのはやはり、瀬戸洋平しかいなさそうですね」
凛は顔を曇らせた。
「先輩、協力してくださいますか?少なくとも彼は自宅に閉じ込めてしまう程、田中麻美を死に追いやるほど、先輩を愛してしまったようですから」
「…」
「まだ未練が?」
凛は首を横に振った。
「わからない。でも、本当の事は知りたい。ううん、知らなきゃいけない。そうでなきゃ、千穂ちゃんの想いは報われないもの」
彼女だけが、今、涼也君の復活を一心に願っている。その事だけはこのままこの事件をうやむやにしてはいけない理由だ。
「障がいを負うってことはものすごく重いことなの。それを瀬戸さんにわかってもらいたい」
凛は瀬戸に向き合う覚悟で、顔を上げた。
「先輩、あの…」
「ん?」
「なんだか凛々しいですね」
山辺はそう言って微笑んだ。
「あ、ありがとう」
凛は思いがけない言葉に胸の中がふわっと暖かくなった。山辺に言われると心強い。そう思った。
「明日、留置所に行ってみる。瀬戸さんに面会して来る」
「僕も行きます」
「…ううん、一人で行かせて」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。未練、断ち切ってくる」
凛は山辺と見つめ合って、それから笑顔を作った。
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