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次の日、留置所に瀬戸に会いに来た凛は、瀬戸と面会室のガラス越しに向かい合って座っていた。
瀬戸は頬がこけて、無精ひげを生やし、無表情に椅子に腰かけている。
「事件のあった日、先生は私の脚本を褒めてくださり、違う世界に踏み出すチャンスをくださいました。とても嬉しかったし、今までの人生に光が見えた気がしました。私には中度の知的障がいの妹がいます。現在25歳ですが、まだ男性とお付き合いしたことはありません。妹は恋愛ドラマを観るのが大好きで、幼い頃から家にいる時は一緒によく観ていました。今は離れて暮らしていますが、妹の為に何か形にして書きたいと思って書いていました」
瀬戸は動じなかった。
「先生の奥様と息子さんは賢二医師の誤診で、亡くなられたと聞きました。先生はそれを恨んで涼也君を舘野社長と共謀して殺害しようとした。これは真実でしょうか?」
瀬戸は蝋人形かのようにしていたが、ひとつ瞬きをした。
「そして、恋人であった田中麻美に現場に向かわせ、舘野社長が首を絞めた事で意識不明に陥っていた涼也君の蘇生措置をさせたのは、彼を植物状態にするためだった。これも真実なんでしょうか?」
瀬戸は二つ、瞬きをした。その目は潤んでいて赤くなっていた。
「教えてください。先生の無念を私は作品にしたいと思っています」
瀬戸は顔を上げた。
「障がいを宣告された家族の気持ちは痛いほどわかります。母も父もそうでしたから。今も時折、言いようのない不安の中でそれをこらえながら、前を向いて生きてます。生きています」
瀬戸の両眼から涙が零れ落ちた。
「生きる…」
「はい、生きています」
「…」
「生きていたから、先生にもお会いできたし、先生に恋をしました」
瀬戸は涙を拭った。
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