episode・1 依頼人?

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episode・1 依頼人?

一週間後の夕方。 「終わったー!!!」 最後の文字を打ち込んで、凛は感極まり声をあげた。カフェには帰りに立ち寄り読書を楽しんでいた数名の客が驚いたように凛を見る。 「すみません…」 凛はボサボサの頭を掻くと、早速瀬戸からもらった名刺を取り出すと、瀬戸のメールアドレスに完結したという連絡をする為、文面を打ち込み始めた。 「完結しましたので、またお逢いしたいです。と」 送信、とボタンを押そうとした時、カランと扉が開いて誰かが入ってきた。 凛が見上げると、背広の男が二人、入って来た。一人は中年の頭頂部がちょっと寂しく、もう一人は髪の毛がありあまるほど生えているかのように、顔の周りをライオンのたてがみのように黒黒とした剛毛が取り囲んだ若者だった。二人は凛の座る隣のテーブルに腰かけると、店内をぐるりと見回した。 「いらっしゃいませ」 山辺が二人に水を運んできた。 「ご注文は?」 「ホットコーヒー二つ」 中年が言った。そして、ちらりと警察手帳を見せ、山辺にちょっと話をしたいのですが、と言った。 「はい、何でしょうか?」 「つい、一週間ほど前にこの店を訪れた少年が行方不明になっています」 「行方不明?」 山辺と男のやりとりに思わず、隣でコーヒーを飲んでいた凛はむせてしまう。 剛毛刑事が袖まくりをして鍛えられた腕の筋肉を見せつけるようにゆっくりと背広の内ポケットから一枚の写真を取り出して山辺に見せる。 好奇心から凛も覗き込み、驚いた。 「あの時の!」 その写真に写っていたのは一週間前に瀬戸が万引きを止めさせて店に連れ帰ってきた丸誠高校の制服を着ていた少年だった。 「ご両親から昨日、捜索願いが出ましてね。捜査をしています」 話を聞くと、少年の名は舘野涼也、17歳。近くの中高大一貫校である私立丸誠学園高等部に通う二年生。一週間前の9月30日月曜日の夜から家に帰っていないと言う。 「でも、ちょっと待ってください」 凛が口をはさむ。 「…こちらのお嬢さんは?」 ぎろりと剛毛の若者刑事が目を剥いて凛を睨んだ。どうやら見た目も中身も血気盛んな猛犬のような性質なのであろうか、落ち着き払って座っている薄毛刑事とは性格も正反対のように見える。 凛は女神(にみえるように)の微笑みを浮かべ、名刺を鞄から優雅な手つきで差し出した。それは凛がアプリを探して作ったハンドメイドの名刺で、そこには《シナリオライター 三日月凛》と印字されていた。 「先輩、いつのまに作ってたんですか、それ」 山辺が驚くと、凛は今後、必要になるから用意しておいたのよ、と自慢気に告げる。 薄毛刑事はそれを受け取り、ほお、脚本家さんなのですか、と感心してみせた。 「妻がドラマが好きでね、私もよく観るんですよ。代表作は何ですか?」 さっきとはうって変わってニコニコしながら聞いて来た薄毛に凛はノートパソコンを見せようとするが、慌てて山辺に止められる。 「ま、まだデビュー前なんですよね」 今ここで瀬戸のように脚本談義が始まっても困ると、山辺は止めたのだ。 「でも、私、ミステリー書くの得意ですよ?よろしければ、捜査に協力してもいいですけど…?」 いや、ちょっと待って、先輩…まさか、この刑事さんに惚れかかってない?! 山辺は慌ててすでに見つめ合っている(ように見える)薄毛刑事と凛の間に割って入り、慌てて凛の両の頬をぺちぺちと叩く。凛、まだうっとりしている顔。 「目覚ましてください。全く、ちょっとでも趣味が合うと知ると、こうなんだから。そもそも既婚者でしょ、誰でもいいんですか先輩はっ」 はっと凛は我に還る。 「既婚者…(ふふっと笑んで)。既婚者なら今までとは違うかもね」 「何がですか?目、覚ましてください!」 そんな二人のやり取りをその後ろで不思議そうに薄毛と剛毛、二人の刑事達は顔を見合わせて見ている。
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