月だけが知っている

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すっかり日が落ち、暗闇に包まれるグラウンド。ごく普通の公立のうちの高校は、スポーツ強豪校のように照明がついていないので、頼れるものは月明かりしかない。 月明かりの下、私の幼なじみ兼野球部キャプテンの祐希は、いつものように一人黙々と素振りを続けていた。 「祐希、まだ続けるの?」 「あと三十回やったら終わるよ」 マネージャーとしての細々とした雑用も全て終えてやることもなくなったので、部室の外に出て祐希に声をかけると、祐希はバットを振りながらそれに返事をした。 「ふーん、了解。 本当によくやるよね」 やることもないので、祐希の素振りを見学しながらそんなことを呟くと、祐希は少しだけ口の端を上げる。 ……本当に、よくやるよ。 普通の公立高校とはいっても、やっぱり部活はそれなりに厳しいし、練習時間は長い。 だけど、今は先生たちの時代とは違って過度な自主練は進めてないんだって。 むやみやたらに練習しても上手くなるとは限らない。むしろ身体を壊す確率も上がるし、それよりは頭を使えって。 それでも祐希は、毎日グラウンドに残って、月明かりの下でバットを振り続けている。 身体を壊す可能性だってあるから手放しで褒められることじゃない。きっと本人だってそれを分かってるのに、手のひらの皮が破れるまでバットを振り続ける祐希を私は止めることができなかった。 「愛美こそ毎日遅くまで残ってくれてるじゃん。今さらだけど、何でマネージャーになろうと思ったの?愛美ってそんなに野球好きじゃないよな?」 「......なんとなく?」 「.......ははっ、なんだそれ。 愛美らしいな」 祐希からの質問になんて答えたらいいのか分からなくて、はぐらかすようにそう答えると、祐希はバットを下ろして小さく笑う。 どうしてマネージャーになったのかって祐希から聞かれた時は一瞬どきっとしたけど、それ以上聞かずにいてくれたからホッとした。 他の人にも何度か聞かれたことがあるけど、私はいつもその質問に上手く答えることができない。 ……本当に、なんとなくだから。 祐希が来たからなんとなくこの高校に来たし、祐希が高校でも野球部続けるって言ったからなんとなく私もマネージャーになって、祐希が自主練するって言うから私もなんとなく学校に残ってる。 自分がマネージャーになった理由さえも上手く説明できない私が、祐希のやってることを意味のないことだって止められるわけがない。 「やっぱり、祐希も変だと思う?」 「え?」 素振りも終えた祐希はこちらを振り返るけど、なぜか祐希と視線が合わせられなくて下を向く。
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