11.二人で川の字を描いたなら

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 八月三十日。  母が私を連れ戻しにくる前日の夜。 祖母と私は、初めて同じ部屋に布団を並べた。 「修学旅行みたい」  ふと思いついたことを口にすると、寝巻き浴衣の帯を締め直しながら、祖母は提案した。 「枕投げでもしますか?」 「えぇっ!?」と驚き仰け反る私を尻目に、そば殻入り枕を抱えた祖母は、冗談とも本気とも取れる真顔で、その固さを確かめる。 ……かと思うと、あっさりと枕を布団の上に放り投げた。 「首を痛めるわね。やっぱり、やめましょう」 「あはははっ!」  思わず、大声を上げて笑ってしまった。 口元を押さえる私に、「(かま)やしないよ」と祖母は山側の方角にある窓を開け、よく通る声で言った。 「聞いているのは、野猿(のざる)山猪(やまいのしし)くらいですよ」  そういえば、風呂場の窓から見知らぬ女性が助けを求めて、侵入してきたこともあった。  川の流れに呼び声が遮られ、半径百メートル以内に隣家と呼べる家屋のない集落で、祖母は独り暮らしを続けるのだ。  ふと、罪悪感に囚われそうになる私を察したかのように、 くるりと祖母は振り返る。足元に落とした枕を拾い上げ、凛として言った。 「大丈夫ですよ。戦争を経験したババアは、肝が据わってますからね」
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