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しばらくの沈黙の後、祖母から声がかかった。
「灯里さん」
「はい……」
仰向いたまま返事をしようとすると上手く声が出せず、少し語尾がかすれた。
「あなたの母親を、あのような風に育てたのは、私の責任です」
━━どういうこと?
灯里が尋ねるより先に、祖母は続ける。
「父親に捨てられた哀れな娘だと思われないように厳しくしすぎた結果がまったく逆効果となって、あなたに悲しい思いをさせてしまって……ごめんなさいね」
祖母が私に謝ったのは、これで二度目だ。しかも、こんなに感情を顕にして母との確執を告白するなんて。
なぜだろう、祖母の口から「ごめんなさい」という言葉を聞くと、涙が出そうになる。
掛け布団を被ったまま、同時に流れ落ちようとする鼻水を啜る私に、祖母は言った。
「強くなりなさい」
謝罪の口調とは打って変わって、低く静かだけれど、しっかりとした声が響く。
「他人に過度の期待を寄せることをおやめなさい。誰かに頼らなくても生きていける知恵と力を身に付けなさい」
けれど、と続ける。
「誤解しないでくださいね。孤独を貫けと言っているわけでは、ありません。誰かがあなたの助けを必要としているのならば、さりげなく手を差し伸べられる人に、おなりなさい。そして、あなたを一人の人間として認めた上で必要としてくれて、支え合いたいと思える人が現れたなら、その方を生涯の伴侶になさい。今は無力かもしれないけれど、いつか自身で人生の選択ができるときが来ます」
「もしも……」
常夜灯の灯る天井を見つめながら、隣の祖母に呼びかける。
「そんな人が現れなかったら、おばあちゃん、また一緒に暮らしてくれる?」
ひと呼吸置いた後、フフッと祖母は鼻で笑った。
「そのときまで、私が生きていたらね」
祖母と暮らした夏休みの四十日間が、幕を閉じようとしていた。
<了>
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