1016人が本棚に入れています
本棚に追加
/153ページ
1
ぼんやりとした意識を、窓の外に向けた。
じゃばあ、じゃばあ。
自動車のタイヤが水を轢いて道路を走るその音を耳で拾った瞬間、寝起きで鉛のような頭はさらに重くなり、枕から顔を上げることさえできなくなる。
布団から片足を伸ばして探し当てたシーツの冷たい部分は、予想通り余分な湿気をまとっていた。
昨日の夜から降り続いている雨は、9月の終わりのひんやりとした空気と混ざり合い、憂鬱を運んでくる。
一ノ瀬三月は、目玉だけを動かして時計を見ると、またしても枕に顔を埋めた。
月曜の朝。雨。
それらが元からさほどなかった気力を、さらにむしり取ってしまった。
――三月、乗せてよ。うしろで傘さしてあげるから――
こっちの都合などおかまいなしの、無遠慮な言葉。
重たそうな睫毛の隙間からのぞく、媚びた目つき。
派手なネイルカラーがこってりとついた爪で、前髪をしきりに撫でる仕草――――
うんざりする要素をいくつも背負いながら、田所あみは今日の放課後もやってくるだろう。
「帰りは一緒に帰ること」
それは、彼女が固執していることのひとつだった。
悪天候であればあるほど、その目はよりいっそう輝く。
あみは普段、晴れなら自転車、雨ならバスで学校に来る。
ふたり乗りをしたがる彼女にとって、雨の日はそのきっかけを作りやすいからだろう。
一方、三月はどんな天候でも大抵の場合は自転車だった。
バスに乗るためにいつもより10分早く起きることが、なかなかできないためだ。
あみとは、付き合って半年になる。
高校二年に進級する前の春休み、近所の公園に呼び出されて告白を受けたのがきっかけだった。
クラスが離れちゃう前に気持ちだけでも伝えておきたかったと、肩を震わせていたこと。
初めて自転車の後ろに乗せたとき、
「ふたり乗りするの、憧れだったんだ」
と、ハブステップに足をかけながら浮かべた照れ笑い――――
半年前は、それらを可愛いと思っていた。
いじらしくて、愛しかったはずなのに。
今日、別れちゃおうかな。
思ったのは、これが初めてではない。
最近は、雨が降るたびにこの気持ちが疼くのだから、衝動ではなく本心なのだろう。
かつて自転車の後ろに乗せていた愛しさは、陰鬱と束縛という、単なる重荷に変貌を遂げていた。
あみだけではない。
中学のときに初めてできた彼女や、高校に入ってから8ヶ月間付き合っていた彼女に対してもそうだった。
嫌いになったわけではないし、ほかに好きな人ができたわけでもない。
しかし、三月の恋愛はまるで見えない契約期間で結ばれているかのように、きっかけもなく終わることが多かった。
例えるなら、燃え上がることはなく、ろうそくがすり減ればやがて消える、細い炎のようなものだ。
どうやら今回のろうそくも、あまり長くはなかったようだ。
最初のコメントを投稿しよう!