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ぼんやりとした意識を、窓の外に向けた。 じゃばあ、じゃばあ。 自動車のタイヤが水を轢いて道路を走るその音を耳で拾った瞬間、寝起きで鉛のような頭はさらに重くなり、枕から顔を上げることさえできなくなる。 布団から片足を伸ばして探し当てたシーツの冷たい部分は、予想通り余分な湿気をまとっていた。 昨日の夜から降り続いている雨は、9月の終わりのひんやりとした空気と混ざり合い、憂鬱を運んでくる。 (いち)()三月(みつき)は、目玉だけを動かして時計を見ると、またしても枕に顔を埋めた。 月曜の朝。雨。 それらが元からさほどなかった気力を、さらにむしり取ってしまった。 ――三月、乗せてよ。うしろで傘さしてあげるから―― こっちの都合などおかまいなしの、無遠慮な言葉。 重たそうな睫毛の隙間からのぞく、媚びた目つき。 派手なネイルカラーがこってりとついた爪で、前髪をしきりに撫でる仕草―――― うんざりする要素をいくつも背負いながら、田所(たどころ)あみは今日の放課後もやってくるだろう。 「帰りは一緒に帰ること」 それは、彼女が固執していることのひとつだった。 悪天候であればあるほど、その目はよりいっそう輝く。 あみは普段、晴れなら自転車、雨ならバスで学校に来る。 ふたり乗りをしたがる彼女にとって、雨の日はそのきっかけを作りやすいからだろう。 一方、三月はどんな天候でも大抵の場合は自転車だった。 バスに乗るためにいつもより10分早く起きることが、なかなかできないためだ。 あみとは、付き合って半年になる。 高校二年に進級する前の春休み、近所の公園に呼び出されて告白を受けたのがきっかけだった。 クラスが離れちゃう前に気持ちだけでも伝えておきたかったと、肩を震わせていたこと。 初めて自転車の後ろに乗せたとき、 「ふたり乗りするの、憧れだったんだ」 と、ハブステップに足をかけながら浮かべた照れ笑い―――― 半年前は、それらを可愛いと思っていた。 いじらしくて、愛しかったはずなのに。 今日、別れちゃおうかな。 思ったのは、これが初めてではない。 最近は、雨が降るたびにこの気持ちが疼くのだから、衝動ではなく本心なのだろう。 かつて自転車の後ろに乗せていた愛しさは、陰鬱と束縛という、単なる重荷に変貌を遂げていた。 あみだけではない。 中学のときに初めてできた彼女や、高校に入ってから8ヶ月間付き合っていた彼女に対してもそうだった。 嫌いになったわけではないし、ほかに好きな人ができたわけでもない。 しかし、三月の恋愛はまるで見えない契約期間で結ばれているかのように、きっかけもなく終わることが多かった。 例えるなら、燃え上がることはなく、ろうそくがすり減ればやがて消える、細い炎のようなものだ。 どうやら今回のろうそくも、あまり長くはなかったようだ。
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