十八番、足のない幽霊、四条天皇

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十八番、足のない幽霊、四条天皇

 球技大会が近いので放課後、一応自主練をすることにした初木と安西。もっとも二人とも別の競技だが。 「ちょっとバレーボールを取ってくるわ」 「オーケー。じゃ、空いてる校舎裏の第二グラウンド集合な」 「ええ」 「あ、気を付けな初木。ウチの体育倉庫、幽霊出るって噂だぞ。足の無い怖い幽霊が」 「まさか。そんな非科学的なものを信じる性質じゃないの」 「ハハハ」  軽口を叩く安西と別れ、初木は体育倉庫にやってきた。そして、一杯にバレーボールが詰まった大きなカゴの中から一番上にのっていたものを一つとると、その下には男の顔が。ボールに埋まった男の顔がふいにそこに出現した。 「ばぁ~っ」  アホ面を浮かべている安西だった。  驚かせるために上げた声は、ただ己の幼稚さと頭の悪さのアピールでしかないかのように、虚しく響いた。  初木は眉一つ動かさぬまま手にしていたボールをはたき、露出した安西の顔面にアタックを食らわせた。 「あぶっぶ!」  逆襲に遭い撃沈した安西。初木と別れた後、急いで先回りし用意を済ませ彼女を待っていたのだった。哀れ。  そんな彼に、初木は冷淡な声で言った。 「これは一体なんのつもりなの安西」 「いや~初木がいつもクールだから驚いた顔とか見てみたいなぁ~と。ハハハ。十八番を出してみたんですがダメでした」 「十八番? こんなものが十八番だというの?」  その言葉が地雷だった。それを聞くと初木、聞き捨てならないとばかりに食って掛かった。 「安西、十八番という言葉はね、七代目市川団十郎が息子に八代目を継がせるにあたり、十八の選りすぐりの芝居脚本を授けた。それが木の箱に大切に保管されたことから、おはこと呼ばれるようになったことが由来の、格式高いものなの。あなたの今の芸がその十八本の芝居に匹敵するとでもいうの?」 「あ、いや、その、なんかすいません……」  高尚な逸話を語る熱量に気圧される安西。 「それに、そもそも私はここに幽霊が出るなどと信じていないもの。驚くわけがないわ。なぜなら安西、あなたは『足の無い幽霊が出る』と言ったけれど、幽霊は1800年くらいまでは足があるものだったの。その後、歌舞伎の舞台で凄みのある演出をと足の無いものが考案され、そのイメージが定着したのよ。つまり、人が創作上の存在である足のない幽霊を見ることなどありえないの。ぬかったわね」 「ええーっ!? これは歌舞伎業界にしてやられましたなぁ今日は。ハッハッハはぐぁっ!?」  やり込められ、ばつが悪そうに笑いながらカゴの中から出ようとした安西だったが、その時ボールにのせた足をとられ、後ろ向きに倒れて床に後頭部を強打した。  それには思わず初木、口をあんぐりと開けて半失神状態になる安西を、小さな拍手で讃えた。 「今のは、なかなか面白い芸だったわ安西。昔、イタズラで滑る石をまいて家臣を転ばせて遊ぼうとしたものの自分が転んで死んでしまった四条天皇並みの体を張った良い芸だったわ」 「なんやぁそれ……天皇なのにそんな死に方した人いるんかい……」  しかしその後、上機嫌な初木に保健室で介抱してもらって安西は幸せだったという。
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