戻る盗塁、勝海舟、タイタニック

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戻る盗塁、勝海舟、タイタニック

 球技大会当日、安西が出場する野球の試合が始まるという段になっても、安西のチームはまだポジション決めに難渋していた。  野球経験者無しのチームなのだが、そんなチームだと一際特殊なポジションであるキャッチャーをやりたがる者がいないのだ。 「よし、じゃキャッチャーは俺がやるよ。みんな大船に乗った気でいなさい」  なので、安西は自ら名乗りを上げ、キャッチャーを引き受けた。  自分の出番がまだなので安西の試合を観に来ていた初木は、その様子を見て、泥舟でしたってオチにならなきゃいいけどと不安しか覚えていなかった。  ポジションが決まり、ようやくプレイボール。  一番安西、幸先良くスリーベースヒットで塁に出る。  と、安西、次に思いもよらぬプレーに出た。なんと三塁から二塁への盗塁を始め、二塁に到達したのだ。これには全員呆気にとられた。 「フハハハハ! これにより俺が次に三塁に盗塁を仕掛けるのか、一塁に仕掛けるのかわからなくなっただろう! ピッチャーにかかるプレッシャーが倍になる! これぞ我が策、きつつき戦法!」  なぜか得意気に声を上げる安西に、初木が諭すように優しく声を掛けた。 「安西、あなた、アウトよ。塁を戻る盗塁はアウトなの」 「え――――っ! そうだったの!?」  驚愕する安西に、審判の野球部顧問の先生がうなずいて、安西をベンチに帰す。戻ってきた安西に、初木が詳細を語って聞かせる。 「昔、大リーグで盗塁の記録がかかっていた選手が、三塁に味方がいたので二塁から一塁に盗塁。また二塁へも盗塁。これで2盗塁と記録されたが、これはおかしいと議論され、戻る盗塁はアウトというルールになったのよ」 「いや別にアウトじゃなくてもよくない!? 盗塁と記録されないでいいじゃん! なにもアウトにされること!」 「そんなこと私に言われても」  にべもなくアウトにされてしまった安西。が、気を取り直して裏の捕手の守備に取り掛かる安西。  そして投手の初球。速いストレートがスイングした打者のバット下にかすり、にわかに軌道が変わる。これには安西、全く反応できない。ボールは勢いよく安西の股間に着弾。悶絶する安西。そのまま保健室へと運ばれていった。 「まさか初球リタイアとはね。大した大船もあったものね安西」  保健室にて、安西、お見舞いに来た初木に茶化されても、面目次第もなく死んだ目を浮かべ何も弁解できない。 「安西、今日のあなたは子供の頃に病犬に股のボールを噛まれて死にかけ、以後大の犬嫌いになった勝海舟を彷彿とさせたわ。  日本人のみでアメリカに渡航すると意気込んで艦長を務めたものの船酔いして帰ると駄々をこねるだけだった、結局アメリカ人に任せることで渡航を成功させた勝海舟を」 「なんだよそいつ。全然名が体を表してないじゃん。負海舟じゃん」 「大船気取りで撃沈したお仲間として、あなたは今日から負海舟と名乗りなさい」  今日は茶化されても面目次第もなく、死んだ目を浮かべ何も弁解できない安西。 「大船撃沈といえば、タイタニックって事故保険金を得るためにワザと沈没させたという説があるのよ。そもそも沈没した船もタイタニックじゃなく、過去に事故を起こしダメージを受けていた姉妹船だとも」 「マジで!?」  突然興味深い話をぶっこむ初木。食いつく安西。 「それらの根拠としては、タイタニックのオーナーとその仲間たちが、なぜか直前になって乗船をキャンセルし別の場所に旅行に行っていたこと、別の船から再三氷山警報が出ていたのに回避していないこと、なぜか見張り用の双眼鏡が入ったロッカーの鍵が持ち出され使えなかったことなどが挙げられるわ。 また、船体が折れたのは氷山が当たったのとは別の場所だったという説もあるわ」 「マジか~。確信犯だとしたら大事だぞ……」  と、そこでチームメイトが保健室に試合の報告にやってきた。 「おー安西、お前の代わりに入った奴の活躍で優勝したぞ~」  ……微妙な空気が保健室に流れた。 「安西、あなたという大船は沈没することでかえって乗員を渡航させたわ。いない方がうまくいく。さすが海舟の再来ね」  今日は茶化されても面目次第もなく、死んだ目を浮かべ何も弁解できない安西なのだった。
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