きょうふのてがみ

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『あ、これ呪われてますね』  絶頂は儚くも砕け散った。今の顔を写真に撮られたら、絶望と羞恥のあまりビルから飛び降りる自信がある。 「マジで?」 『マジです。怨みつらみの臭い、超絶漂ってます。即焚きましょう』 …そも、場末のカフェで手紙について相談しようと、異性の意見を聞こうとしたのが間違いだった。  同性だと囃し立てられるから、なるべく的確なアドバイスを貰おうと、一番気軽に話せるヤツに白羽の矢を立てた…まではよかった。 …僕も焼きが回ったらしい。一年前に知り合った幽霊にラブレターの相談とか、トチ狂ってるとしか思えない。  そんな僕の心持ちを知ってか知らずか、この黒髪の幽霊は、死ぬほど(死んでるけど)憎たらしい顔を露にしていた。 『あれ、もしかしてタカオさん、期待してました? そりゃざんね──』 …言い終わるより早く、奴の頭部目掛けてアイアンクローをお見舞いする。 『いだだだだだだだ! 拝み屋に入滅されちゃううう!!』 「されろ。されてしまえ腹ペコ」  これまでの経験上わかっているが、こいつはアホだ。しかし悲しいかな、本物の幽霊の言葉ならば説得力が違う。信用が足る。足りてしまう。  八つ当たりは百も承知だ。だが、純情を弄ばれればこんな凶行に走りたくなる。 「…あれ、高尾野。何してるの?」  そんな悲しみに暮れる惨めな僕の耳に、誰かの声が入り込む。初めてのそれではなく、ごく最近聞いた、耳慣れたものだ。  声の方角へ向くと、金髪染めの髪に、少し小柄な体躯をした、眼鏡と歯車の髪飾りがチャームポイントの女性が立っていた。 「あ、イッポ先輩。お久し振りです」 「ああ、久し…というか、何で女の子にアイアンクローかましてるの? そういうプレイ? 引くわ」 「違いますよ! ホラッ」  先輩は現在進行形で脳天鷲掴み状態のバカ幽霊を指して、少し後退る。  慌てて手離すと、このアホはテーブルに突っ伏す。しかし、その眼鏡越しの視界からは、おそらく。 「…消えた? どういう手品?」  目をぱちくりとさせて、次に眼鏡の塵を丁寧に拭き取る先輩。そんな彼女に、一言だけ告げる。 「件の幽霊…って言えばわかりますね」 「ああ、例の。あの記事、割とイケてたよ?」 「ありあとした。触れると、ほい」  そう言ってもう一度彼女の手に触れると、姿が先輩にも鮮明に映る。  最近わかったことだが、僕が強く意識して触れていると、個人差はあれど他人にもそれとなく姿が見え、声も聞こえるらしい。 『あんまりベタベタしないでくださいよ、スケベさんめ』 「お前の身体に興味はない」 『きゃー、やっぱりボンキュッボンがいいんですね、やらしー』 「…奢ってあげないぞ?」 『はい、すみませんでした』 …寸劇もそこそこに、現れた謎の女性を指す。 『…ところで、どちら様です?』 「前に話した、お前を追っかけてた新聞部の先輩」 『ああ、去年卒業したっていう』  お互いに向かい合う初対面同士は、軽い咳払いの後、最初の挨拶を交わす。 「ワタシは一歩(にのまえあゆむ)。よろしく、ええと」 『朝日青那(あさひせいな)。ハルって呼んでくださいっ』  初対面の人物…片方は死んでいるが…同士が挨拶を交わすと、その片割れの先輩が手を差し出して、すぐに引く。 「…って、握手はできないか。ごめん」 『いえ、できますよ』  二つの細い手が繋がる。玻璃の細工のような、力強さとは無縁の、繊細な握手だった。 「…変な感じ。追っ掛けてた幽霊と、こうして握手してる」  どこか物憂げに、先輩はそう呟いた。
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