きょうふのてがみ

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 先輩はさも当然なように僕らの席に座ると、ハルと交互に観察し始める。それが終わると、口元に下衆な笑いを含めた。 「で、君らはいったい何を? デート?」 「違いますよ。これです」  そう言って、僕は一通の手紙を差し出す。簡素な茶封筒と便箋。切手はなく、宛名だけが書かれている。 「こいつが下駄箱に入ってたんです」 「古典的ね。…ちょっと見ていい?」  首を縦に振れば、先輩は手紙を手に取り、まるで警察の鑑識のように封筒と便箋をじっくりと調べ始める。 「…長いので簡潔に言うと、貴方をお慕いしています、一週間後指定の場所でお待ちしています…ねぇ」  一通り黙読を終えて、ツボに入ったかのように吹き出す先輩。それを受けて、先程まで糠喜びしていた自分をぶん殴りたい衝動に駆られる。 「如何にも丸文字で、女の子感マックス。手紙もインクも新しい。ごく最近、今日下駄箱に入れたみたい」  簡単な鑑識を終えて、それをさらりとやってのける先輩に、僕はおおー、と感心する。 「別に難しいものじゃない。ただ、マジのヤツかはわからないわ。内容に可愛げが無いから、丹念にトレースした線は否定できない」 『そうですね。それに、メチャ呪われてますし』  呪い、というオカルトなワードが飛び出た為か、興味ありげな笑みを見せる先輩。 「へー、呪われてるって、どんな?」 『具体的に言うと、《このクソッタレ浮気野郎め、地獄で閻魔がタンをお待ちだぜ》という呪いですね』  なんだそりゃ。甘ったるい文章と丸字とは裏腹に、そんな殺意全開なモノが込められているとは。  というか僕、そんな悪いことした記憶ないんだけど。 「…なるほど。念のため訊くけど、宛名間違ってないだろうね?」 「悲しいかな、間違ってないんです」  なぜだろう。さっきまで有頂天だったのに、今は処刑を待つ罪人の気持ちだ。冤罪だけど。 『したんですか、浮気。サイテーですね。去勢します?』 「してないしてない! 彼女いないし!」  なんてことだ、弁明の為に自分を傷つけなきゃいけないなんて、ここは地獄か。 「でしょうね。それなら紙切れ一枚で一喜一憂する訳ない。童貞臭丸出し。はしたない」 「い、いや。そんな喜んでは──」 「嘘ね。封のシール、相当丁寧に切ってるじゃない。どんだけ期待してるのよ」 ──図星。表情には出さないが、致命傷を食らっている。せめて反撃しないと勘定が取れない。 「貴女だって彼氏いないでしょ!」 「情報が古いわよ。卒業後、交際してる人いるの。写真見せても?」  事実を羅列するように淡々と言い切る先輩。その姿が、強がりでも何でもないという証左だった。  鼬の最後っ屁すら切って落とされ、トドメを刺された僕は項垂れる。 『まあまあ、そのうちかわいい娘が見つかりますよ。私みたいな!』 「…ハルよ、その慰めはむしろ傷口に塩を塗るだけだぞ」 『何ですかーっ、私がかわいくないみたいじゃないですか~』  涙に濡れる僕と膨れっ面のハルを無視して、先輩は咳払い一つで空気をリセットする。 「はいはい、痴話喧嘩はこの辺にして。ハルちゃん。訊きたいことがふたつあるんだけど、いい?」 『はい。なんでしょう?』 「貴女、これが呪われてる、って言ってたけど。その効力は如何程?」 『そうですね。持ってたらだいたい不幸に見舞われる、ってヤツです。凄く間が悪いと、雨の日にずっこけて傘で脳天串刺し~、みたいなことになりますね』  なにそれエグい。確実に死ぬじゃないですか。なんでそんなに怨まれてるの僕。女性に怨まれる謂れはない筈だけど。 「…あんた、拝み屋の家系でしょ? 臭わないの?」 「人を霊能者と勘違いしてます? 爺ちゃんならともかく、僕はわかりませんよそんなの」  なんだつまらん、と言いたげに先輩は目線を件の手紙に戻す。 「仕方ない。お焚き上げしよう。後輩の命は惜しい。後は、送り主はどいつか、って話よね。この呪いのラブレターの」 『呪ってる時点で愛とは程遠い気がしますが…』 「強く想うことには違いないわよ。で、どうなの?」 『それはわからないですね。探偵の真似事はちょっと』 「…じゃ、生きてるヤツか死んでるヤツかはわかる? それだけでも大分絞れる筈よ」  なるほど、と膝を叩く。手紙が新しいものなら、自然と登校日の今日学校にいた奴に限られる。 『死んでますね。断言できます』 「その心は?」 『霊は生者と違って、物に触れると跡が残りやすいんです。生きてる人が物に触れても殆ど痕跡はないですけど、そうじゃないと鮮明に残りますね。心霊写真とかいい例です』 …ちょっと待て。僕は今ハルが腰掛けている席をじっと見る。 「…その理屈だと、そのテーブルも?」 『はい。ガッツリ憑いてますね。この席、偶に屯してますよ幽霊さん』 …知りたくなかった、という顔になる。とても興味深いって顔をする先輩と同じようにはなれない。 「しかし、よくそんなことわかるな?」 『わかりますよ。臭い…みたいなものがプンプンなんです。それに、私みたいにあの世から長期の渡航手続きをしてる霊魂なら、こんな真似はしないでしょう』 …微妙に信憑性に欠ける説明だが、同類の意見を無下にできるほど、他に有力な説はない。 「というか、そんな現世とは軽々と行き来できるのね?」 『はい。世間様に迷惑掛けない、と誓約書を書かされるので。これはまっとうな方じゃないですね』 …まっとうではない。つまり、悪霊とかの類い、と見ていいらしい。 「しかし、匂いね。みんなそうなの?」 『そういうものです。今だって、良い香りがして~』 ──直後、ぐうっ、という虫の音が響き渡る。いつもの事とはいえ、これを聞くと財布が震える。 『……お腹空きました』 「世間様に迷惑を掛けない、じゃないのか?」 『…こ、これは、正当な報酬ということで』  ちゃっかりしてる、と思いつつこの一年、度々会う度にタカってきたのはどうなんだ。 「…あまり高いのはダメだぞ」 『わあい! 太っ腹~、社長~、イケメン~』 「…おだてるくらいなら、おかわりは勘弁してくれ」 『パンプキンプリン三つお願いしまーす!』 「話聞けよォ!」 …また財布が涙に濡れている。甘やかすのはやめた方がいいのかな、と考えてしまう。 「…こう見ると、普通のカップルね」 「え、なにそれ。新手のホラーですか?」 「そうね。幽霊がいる時点で十分ホラーね」 …言われてみればそうだ。慣れすぎて怪奇現象が日常になっている。冷静に考えると相当ヤバい。 「というか、いいんですか。人様の騒動に首突っ込んで」 「忘れたの? 面白ければそれでよし。それが我ら新聞部の月下の誓い…でしょう?」  そう語る先輩の顔は、如何にも、という感じだ。興味本位なのを隠そうともしない、ある意味無邪気な子供みたいな表情だった。
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