十、運命の日

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 三月十日。本来なら卒業式が行われる筈だったその日の夜。   「咲希、慧」  二人で歩いていたところを呼び止められた。振り返ると、そこにいたのは園香だ。 「ちょっといいかしら?」 「はい」  優しく微笑む先輩に、断る理由もない。頷けば、そっと姫の部屋へと案内される。 「いらっしゃい」  部屋には書斎の奥に小さなダイニングテーブルと椅子が四脚。姫はその奥の椅子に座って、綺麗な笑みを浮かべていた。 「座って」  言われた通り姫の正面の席に座ると、園香が横から紅茶を出してくれる。  ーー懐かしい……。  咲希がそう思った瞬間、姫も同じ事を口にした。 「懐かしいと思わない? 二人とあの家で出会ってからもう五年経つのね」 「はい」  頷く声はぴたりと重なって、姫と園香は嬉しそうに笑う。姫はそのままゆっくり語りだした。 「慧はね、初めて会った時、大人すぎると思ったの。まだ十二歳なのに甘える事も頼る事も知らず、完璧でないといけないと思ってる目をしてた。ネデナ学園に入学した頃の私自身と重なって、この子には絶対に先端技術科に入ってほしいと思ったの覚えてるわ。咲希には正直、最初は康介の妹っていう欲目もどこかにあったと思う。その素敵な名前の通り、私の花園に咲く希望の花になって欲しかったの。でも咲希は、その勝手な期待以上に頑張ってくれた。兄弟、友達、寮生と大事な物がどんどん増えても、その全てを守ろうと努力してくれた。二人共、先端技術科に来てくれて、私達の家族になってくれて本当にありがとう」  その優しい言葉、瞳、笑顔、全てが嬉しくて、そして擽ったい。 「こちらこそ、先端技術科に選んでくれて本当にありがとうございました」 「俺も先端技術科に入れて本当に良かったです」  そう言うと、二人はまた笑った。 「二人なら大丈夫だと思うけれど、これからも手を取り合って頑張ってね」 「孝則達は帰らないから、清次郎や亜実が最高学年になるわ。支えてあげて」  三日前。政府はネデナ学園についての過ちを認めた。その記者会見を皆で固唾を呑んで見守ったのは記憶に新しい。  まず、名簿にある脱落者は全員家族の元へ帰し、今後親権者と生徒双方が望んだ場合には途中退学を認める事が発表された。次にランク制度について。あくまで実験のためにランク制度は今後も続けるけれど、低ランクの待遇は改善させ、脱落者制度もなくす。その発表には皆飛び上がって喜んだ。  そして、家族との年に一度の面会と、学期ごとの手紙のやり取りも可能になる。裏金問題については、理事達への裏どりも含めて今後捜査が進む。  学園から抜け出した先端技術科の生徒については、授業がほとんど終わっていた事もあり8年生はそのまま卒業。他の生徒は春休みの始まりに合わせて学園に戻る。  希望者は退学も受け付けると言われたけれど、結局誰も手を挙げなかった。  発表されてからは皆、三日間で色んな事をした。パーティーもしたし、堂々と外出もした。家族に会ったりもした。最後の日、つまり今日は皆でテーマパークに行った。 「私達はいつだってここで皆の卒業を待ってるから、皆を想ってるから……だから、元気でね」 「はい!」  姫の言葉にしっかりと頷いた。
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