十、運命の日

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 翌朝早く、家の前に二台のバスが停まった。  入学の時にも乗った豪華な送迎バスだ。前は尚人と二人で貸切だったけど、今回は違う。肩をくっ付けながらソファーに並んで座る。飲み物だって出てこない。  高速道路を走り、山を越え、海際を走り、周りから建物が消え、そして暫くすると。 「あれだ!」  右を見ても左を見ても終わりが見えない、まるでどこまでも続くような高い壁が現れた。その真ん中に重々しい金属製の門が見て取れる。その門はバスが近づくと音を立てて開いた。    バスはそのまま学園内を走る。春休みに入ったばかりの学園内にはまだ生徒がいて、たくさんの視線が集まった。そして、バスは第二の我が家の前に停まった。 「ただいまー!」 「わー! 帰ってきた!」 「ただいまっ!」  勢いよく扉を開けて、我先にと寮へと飛び込んだ。  たった十日ぶりなのに懐かしい。  広々とした玄関、吹き抜けの階段、白い壁で覆われた廊下も何も変わってない。それどころか。 「談話室! 元通りになってる!」 「食堂もー!」  持っていかれた家具や装飾品が全て元に戻ってる。ただ一つ、天使の羽が生えた少女の絵だけは跡形もなく消え去って、最終から何もなかったかのように壁が存在するだけになっていた。  咲希と慧は最後に先端技術科に足を踏み入れた。慧は静かに息を吐く。それを見て。 「おかえり」  咲希の口からは自然と言葉が漏れた。 「ああ、ただいま」  どちらからともなく顔を見合わせる。そして、同時に表情を崩した。  咲希はそのまま自室へと戻った。扉を開けると、ジスランはいつも通り尻尾を振って中に駆けていく。咲希もいつもの癖で声を張り上げた。 「ただいまー!」  わかっていたけれど、やっぱり返事はない。  いつだって優しく迎えてくれた声は、もう帰って来ない。  ーーこれで良かったんだ。  ーー春奈さんはやっと解放されたんだ。  頭では理解してる。だけど、寂しくてたまらない。  足は勝手に春奈さんの部屋へと向かった。  春奈さんに使ってもらっていた部屋に入るのは初めてだ。シングルベッドにハンガーラックとチェストの収納、ソファーとミニテレビ、ミニ冷蔵庫にドレッサーだけのシンプルな部屋。  そこは出てきた時のまま、時を止めていた。  ハンガーラックには春奈さんの服がかかっているし、ベッドは抜け出した時のまま、少し布団が歪んでる。  そしてドレッサーに目をやると、一冊のノートが置かれていた。  その表紙には【咲希へ】の文字。  ゆっくりと手を伸ばす。
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