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病室にネームプレートはない。病院側から本当の名前を出すかどうか訊ねられ、「けっこうです」と悠真は断った。
「こんにちは」
ドアの手すりに触れたところで若い看護師から声がかかる。
「こんにちは。お世話になっています。小山遥の婚約者です。ええと、遥の具合は……?」
「ごめんなさい。私、さっき来たばかりで。担当の看護師に確認しますね」
看護師はなんだか意味ありげな笑みを浮かべている、ように見えた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。どうぞごゆっくり」
(ごゆっくり?)
ナースセンターへと戻る看護師の背中をながめつつ、悠真は「考えすぎか」とつぶやく。誰もいなくなったところで。
軽く深呼吸して、病室のドアをスライドした。
「遥、具合はどう? さっき下でまた初音さんに会ったよ。今度、遊びにおいでって誘われたんだけど、どうしようか。どうしようか、というのは、先に俺だけ挨拶に行ってもいいのかなってことで。自分の親にはきちんと話してきたよ、遥のこと。そして、これからのことも」
ベッドサイドモニタの邪魔にならないような位置に、悠真は簡易椅子を広げ座った。
「お父さんの病気や検査のことも初音さんから訊いている。遥は悩んでいたのかな。だとしたら俺のせいだ。大丈夫。俺たちはなにも変わらない。なにも心配いらない。すべて、これまでどおりだ。早くにそう言ってあげられれば良かった」
悠真は、その一言だけは声にしなかった。
(ごめん)
ますます白くなった肌をじっと見つめる。
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