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宮本は自分に揺さぶりをかけ反応を見ているのだろうか。悠真は、仕掛けられた罠に慎重になる。
「これ、一般向けの保険商品なんですよ。遥さんは教員なので、もっと条件の良い共済に加入することができた。それでいてわざわざこの保険に加入している。しかも失踪する直前に。まだ独身で年齢も三十歳と若いのに、こんな額の死亡保険金必要でしょうかね。保険料だって馬鹿にならないのにね」
悠真は宮本の指し示す欄に視線を移す。
(死亡保険金額六千万円)
常識に照らし合わせれば多すぎる額だ。
「ご存じなかった?」
「はい」
「婚約されているんですよね?」
宮本が鋭い眼光を悠真へと向ける。
「そうです。それが?」
「保険金の受取人が、久我悠真さん、あなただ、というところまで調べがついています」
悠真は質問には答えずに、じっと宮本の出方を待った。
「ご察しのとおり設計書ですので、ここに受取人の情報まで記載れてはいない。もしかしたら保険証券を自宅に保管しているかもしれません。確認されてみてはいかがでしょうか? ご自分が受取人に指定されているかどうか」
宮本はやはりカマをかけてきたのだ。保険金の受取人が悠真かどうかを確かめるために。そして悠真だと確認できれば――、遥の失踪と深く関わっている人物だと考えていい、そう判断するだろう。
「そうですね。そうしてみます」
悠真は落ち着いていた。あえて平静にふるまっていたというほうが正しい。
「もうひとつ、これはご存知でした? 行方不明でも死亡保険金って受け取れるそうなんです」
「いえ、知りませんでした」
「それと、個人的な疑問なんですが。久我さん、設計事務所って儲かるんですか?」
(コイツ……!)
苛立ちを覚えながらも、ひたすら辛抱する。すると。
ガタン、椅子と机がぶつかる音がした。振り返った悠真の視界に、荒々しい足取りでこちらに向かってくる穂積が映る。
「あんた、いい加減にしろ。誰よりも遥ちゃんを心配しているのは、ここいる久我なんだ。無神経すぎるだろ!」
今にも掴みかかりそうな勢いで、穂積が宮本へと身を乗り出す。悠真より先に穂積がキレてしまった。
「穂積、落ち着け」
悠真は穂積の身体を押さえた。
(相手に呑まれるな)
宮本は当然、悠真たちが貯金を切り崩してなんとか今を踏みとどまっていることくらいお見通しのはずだ。
現時点で契約と言っていい案件は二件。悪くないスタートだ、と悠真は自分を奮い立たせている。
宮本の口元は笑っていた。しかし。
「すみません。仕事なんで」
睨み返してくる視線は一段と厳しい。
怯むどころかさらに威嚇してくるような宮本に気圧され、穂積は一歩下がった。
「また、来ますよ」
オフィスを出て廊下を行く宮本の背中にケリを入れてやりたいのを、悠真は歯を食いしばり耐えた。
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