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「久我さん、先生はどこですか?」
「本当に知らないんだ」
思考を巡らせるうちに、油断する。
「正直に答えてください」
突如として泉はショルダーバッグからスプレー缶を取り出し、悠真に向けて構えた。その表情は殺気立っている。
「泉ちゃん?」
「これ、すごい威力なんですよ。痴漢に噴射したら苦しそうにのたうちまわっていました。久我さんも苦しいのは嫌ですよね? だったら早く、本当のことを教えて下さい」
どうやら泉の手にあるのは催涙スプレーのようだ。
(俺を脅しているのか)
悠真もとうぜんながら混乱していた。たとえば、宮本がとんでもないことを吹き込んだとして、泉がなにに激怒しているのか想像もつかない。
「落ち着いて。何か誤解があると思う」
「誤解じゃありません。小山先生がどこにいるか訊いているんです。苦しい思いしたくありませんよね? 女子高生に乱暴したなんてネットニュースにのりたくありませんよね?」
興奮しているせいだろう、顔が上気している。
(乱暴? そっちこそ過剰防衛だろ)
荒い息遣いが聴こえる。
攻撃する側の泉のほうが苦しそうだ。本当はこんなことしたくないのかもしれない。
(そろそろ俺のターンだ)
「やりたければ、やればいい」
そう口にしたとたん、喉がぎゅっと詰まる感覚に吐き気を覚える。
(一時的な苦しみなら、いつか逃れられる)
「やれば?」
するとスプレーを構える泉の手が震えだす。今ならなんとかなるかもしれない。押さえつけてスプレーを奪い取るか。いや、乱暴はしたくない。相手は女の子だ。
悠真はあえて淡々と告げた。
「泉ちゃん、もうすぐ綾瀬さんが、君のお父さんが到着する。それはしまって」
泉は顔色を変えると、泣きそうな声で懇願する。
「お願い。お父さんには言わないでください」
「わかった」
スマホには綾瀬が到着したことを知らせるメッセージ。悠真は、自室の部屋番号を返す。
(助かった)
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