01過去からのシグナル

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01過去からのシグナル

【久我悠真】  明るい窓際にはハンキングプランター(観葉植物)、それからキッチンとひと続きのダイニングテーブル。  ここが打ち合わせスペースであることに来客は必ず驚く。このレイアウトだとコーヒーでもてなすにも便利で、なによりリラックスして会話ができる。  不揃いの椅子やむき出しの天井は、決してコストカットではないし、ましてやカッコつけているわけでもない。真面目な建築士が空間づくりを実験しているのである。  ベタだとかもう見飽きたなんて意見もあろうが。 (それでもチャールズ&レイ・イームズの椅子は外せない)  ワイヤーの脚とプラスチック座面の曲線、美しい椅子のフォルムを嬉々としてながめる青年がいた。   東京都江東区のビルの一室に、建築設計事務所『アトリエ・カーサ』がある。久我悠真(くがゆうま)が二十七歳という若さで、友人と事務所を構えたのはほんの半年前のことだ。  経営はまだまだ順調とは言い難いが、なんとか足がかりを得ることができ、たびたび依頼が舞い込んでくるようになった。  オフィスの一番奥が仕事場だ。悠真のデスクには方眼紙、法令集、マーカーや定規が、作業中とは思えないほど規則的に並んでいた。特に気にしているわけではない。無意識にそうしてしまうのだ。  神経質、細かい、A型っぽい、めんどくさそう、自分の性質について好意的な意見はあまり耳にしない。毎度のことながら、偏見だ、と悠真は心のなかで反論する。 「ああ、疲れた」  悠真の正面の席から両手がぐんと天井に向かって伸びる。  デスクでストレッチをするのは、悠真の友人であり経営パートナーの穂積圭一郎(ほづみけいいちろう)だ。  穂積のデスクはいつも設計図が山盛りで、作業スペースがほとんどない。さらにパソコンまわりには嫌というほど付箋紙が貼られていた。  申請、大丈夫だろうな。悠真は穂積のデスクをこっそりうかがっている。そこで穂積と目があった。 「決まるといいな」  穂積はくしゃっとした笑顔になる。デスクを片付けられないくらいご愛嬌だ。彼は周囲を和ませるムードメーカーなのだから。 「施主の要望はつかめたから、まずは現地調査だな。じっくりやってみるよ」  悠真は依頼主と初回面談を終えたばかりだった。  すでに悠真の中に手応えはある。三十代の夫婦は、過去に悠真が設計した住宅を気に入っていた。都会らしいスタイリッシュさの中にやさしさや温もりが感じられるところがいい、と褒めてくれた。  紹介客である彼らにすれば、ほんの社交辞令のつもりかもしれない。それでもいい。オフィスに訪れてくれたことが素直に嬉しい。 「天才の久我なら楽勝でしょ」  楽天家の穂積は明るく言った。 「ふざけるなよ」 「マジっす」  穂積は親指を突き出してくる。悠真は苦笑するほかなかった。
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