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建築学部生時代にいくつかのコンペで受賞経験があるのを、穂積はしきりに『天才』と持ち上げてくる。趣味の悪いからかいだ、と悠真は呆れていた。
実際、大学院へ進学し大手ゼネコンの研究開発職として働いている彼らのほうがずっと活躍しているだろう。だとして。
悠真は建築士が必ずしも『天才』である必要はないと考えている。現場では才能なんて曖昧なものよりもずっと、努力や経験が大事だから。
一般の人がイメージするようなクリエイティブで華やかな仕事をしているのはごく限られた有名建築家だけで、建築士の仕事はもっと地味で地道なのである。
手描きのスケッチを、2Dの図面にし、3Dでデザインする。工事が始まれば現場管理をし、工事が終われば完了検査をして、やっと引き渡しだ。それでも。
住まう人の顔を見ながら家を造る仕事は、悠真にとって最高に魅力的だった。これほど夢中になれる仕事に出会えた自分は、幸せだと思う。
休みが取れれば建築の本を読みあさり、時間を見つけては日帰り旅に出る。神社仏閣、美術館、博物館、素晴らしい建築物は日本中にいくらでもある。学生時代はバックパッカーだ。世界に羽を伸ばした。
尊敬する建築家が言っていた。『若い時に本気で青春したものは、年老いても青春できる。年齢を重ねても、二十代の情熱を持ち続けられる』と。
病を克服し七十代の現在も第一線にいる建築家の言葉だ。
だからこそ悠真は、馬鹿みたいに今を青春したいと思っている。
「才能は久我に負けるけど、俺のほうがぜんぜんイケメンだしね。ガハハ」
しかし穂積はますますふざけていた。生真面目な悠真と天真爛漫な穂積は一見正反対であるが、だからこそちょうどいい組み合わせなのかもしれない。
「もちろん、穂積の営業力のおかげだよ」
悠真はとうぜん穂積を頼りにしていた。コミュニケーション能力ではとうていかなわない。シュッとした見た目にもまったく太刀打ちできない。
ボタンダウンシャツに黒縁メガネというどこにでもいそうな男が、久我悠真なのである。メガネは打ち合わせのときだけ。普段は使用していない。
そのメガネの下にはあっさりとした顔立ち。決して見栄えもセンスも悪くない。ただしありふれている。一日に三人は見かけそうな感じ。
「それでも建築の神様が選んだのは久我だよ」
穂積はボソリと言った。
建築の神様が選んだ? 悠真は不思議に思いながらメガネを外し胸ポケットに挿した。
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