337人が本棚に入れています
本棚に追加
悠真と穂積は、どこにでもあるようでどこにもない家を作ろうと誓いあった。奇抜なものではなく街にはきちんと馴染んでいて、だけどそこに住まう人の生活にぴったりと寄り添う家。土地をよく知る地元の工務店と一緒になって作る家。
この街で暮らすのなら『アトリエ・カーサ』の家がいい、そう言われるのが夢だ。
青臭い理想だとは思うが、悠真は自分を評価してくれる穂積のためにも、ありそうでどこにもない家を造ると決めている。
「じゃ、俺、綾瀬さんのところに行ってくるわ」
穂積は席を立ちジャケットを羽織った。そうすることで茶髪にTシャツが少しは引き締まる。
「失礼のないように」
綾瀬設計事務所は悠真が以前勤めていた会社だ。代表の綾瀬学は、駆け出しの二人を気にかけて仕事をまわしてくれていた。
「久我こそ、真奈ちゃんと二人きりになっても失礼なことするなよ」
さすがの悠真も穂積の軽口を恨めしく思った。
(冗談にならないだろ)
実はオフィスにはスタッフがもう一人いる。真っ赤になって俯いているのはバイトの三浦真奈だ。普段から無口な真奈であるが、悠真も口数は少ないほうである。だから何の問題もないはずだ。それなのに。
今日に限って、穂積がオフィスを出て二人きりになったとたん気まずい空気が流れた。
(穂積が変なことを言うから警戒されたとか)
「コーヒー飲む?」
悠真は気づかって声をかけてみたものの、真奈は首を横にふるだけだ。顎のラインで切りそろえられた髪がサラサラと揺れていた。もっとしっかりメイクをすれば、渋谷を歩く女子たちと変わらないかそれ以上だろう。
しかし、真奈も悠真と一緒で自分を飾ることにさほど興味がないようだった。
(それにしてもまいったな)
真奈は面接時からほとんど口を開かなかった。履歴書に『コミュ障』と記されてあったとおり会話が苦手なのだろう。
それでも真奈を採用したのは他に応募者がいなかったからという理由と、働くには圧倒的に不利な条件を冗談ではなく本気で提示してきた潔さに感服したからだ。
(そうは言ってもコミュ力、なんだよな)
なにも手立てがないまま悠真がぼんやりしていると、「……たか?」、かすかに声がした。
「え? なに?」
悠真は真奈に向き直り聞き返す。
「あっ。遥さんから、連絡、ありましたか?」
真奈の途切れ途切れの言葉がやけに胸に響いた。悠真は遥のいない現実をただ思い知る。
(けっこうキツイな)
空気を読めないわけではない。真奈は真奈なりに気を使っているのだ。
「いや」
しかし悠真のほうも首を振るだけで精一杯だった。
最初のコメントを投稿しよう!