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三歳年上である悠真の恋人、小山遥が失踪してから、何の手がかりもないままひと月が経とうとしていた。マンションの、殺風景なリビングの壁には、グレーのフォトフレームが飾られている。
そこにネモフィラに囲まれ微笑む遥の写真がおさまっていた。妖精みたいだ、と悠真は思う。綺麗、そう形容したつもりだった。
「来年の春ごろには……」
二人が挙げる結婚式の写真を並べる予定だった新居の壁。今はなにもないマンションの部屋に、少しずつ色を足していくのを悠真は楽しみにしていた。ところが二人の未来は設計図どおりとはいかなくなる。
穂積は「なぜ久我にばかり、天は二物も三物も与えちゃうんだよ」、そんな風に言っていたが、真逆だ。むしろ、悠真にすればどうして自分ばかりがこんな目に、という人生だ。だとしても。
(遥が無事であればそれで)
今となっては、何か事情があって自分の前から消え、どこかで元気にしているのならそちらのほうがいいと考えていた。
警察に捜索願を出してはいるものの、積極的な捜査はしてもらえない。遥が消えたその日、事前に勤務先の学校に休暇届を出していたことで、意志を持って姿を消したと判断されたようだ。
つまり、一般家出人としてしか扱われなかった。
悠真の知り得る限り友人知人に連絡を取り、駅前でビラを配り、思い当たる場所はすべて捜し回った。しかし、何の情報も得られない。次の手立てとしては、弁護士に相談するほかないだろう。ただ、悠真は迷っている。
遥がもう自分を必要としていないのなら。捜されることを迷惑だと感じていたら。
(そっとしておいたほうが……?)
ひと月という期間が、悠真の心を弱くしたのかもしれない。
スタンドライトの明かりがうっすらと室内を照らす。悠真はベッドに腰掛けスマホを手にしていた。マンションをリフォームし壁の中に作ったベッドスペース――、アルコーブベッドは隠れ家のようで気分を落ち着けてくれる。
記念日の今日も遥から連絡はない。淡い期待は無駄に終わった。
(遥と出会ったのは、三年前の今日)
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