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「なんだ、これ」
本文はない。ただ怪しげなリンク先があるだけだ。慎重な悠真にしては珍しく、誘われるままに画面をタップしサイトに飛ばされる。
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誰でも無料で読めて書ける小説アプリ
『コトノハ』
ダウンロードはこちら↓
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「広告メールだったのかな?」
何気なく悠真はサイドテーブルの上に置いたままの書籍に目をやった。遥の読みかけの本だ。いつもならすぐに棚にしまうのに、遥の形跡を消したくなくてそのままにしてある。
遥は読書が好きだった。国語教師という職業を選んだのもその延長線上にあったのかもしれない。遥の愛読書ももちろん覚えている。イーサン・バーチ作の『情熱が燃え尽きる前に』は、千ページはありそうな分厚いハードカバーの本だ。内容は知らない。古典恋愛小説の名作だと言われ、ますます手が伸びなかった。
「私を見つけて」
メールの件名まで恋愛小説のタイトルのように思えて悠真は眉をひそめた。
(まさか本当に小説のタイトルだったりして)
悠真は不審に思いながらもアプリをダウンロードし開く。小説アプリについてはおぼろげにしか理解していないが。
「ケータイ小説の進化版?」
とうぜんケータイ小説もよく分からない。
専門書や学術書ならばまだしも、小説をじっくり読む余裕はなかった。通勤電車では、小説や漫画をスマホで読む人を見かけるが、悠真は違った。知らないとはいえ、アプリならば触っているうちにだいたいのことは分かるだろう。
悠真は小説アプリ『コトノハ』という未知の図書館をひとまわりすることにした。
トップページにはランキング一位の『月曜日の悪魔』を筆頭にインパクトある表紙や個性的なタイトルが並ぶ。しかし、なにをどう選べばいいのか戸惑った。
(アマチュア作家の発表の場なのかもしれない)
ai*co、よっしー、ヤマサキ。
執筆する作家の名前はSNSのアカウント名と変わらない。
(まずは、確かめておこう)
検索窓に『私を見つけて』と打ち込んでみる。
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検索結果88件
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ヒットした作品の数に、軽くため息をつく。
(意外と多いな)
自分のやろうとしていることがひどく無意味なものに感じられ、やる気を失いかけたとき。スワイプする悠真の指がある作品の上でピタリと止まった。
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『私を見つけて抱きしめて』 haruka
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作者は『haruka=遥』なのか。
(まさか、できすぎているだろ)
しかし、本当に遥だったら。悠真が迷っているところへ再びメールが届いた。件名は同じく『私を見つけて』だ。
記載されたURLをタップすると、小説アプリが起動し『私を見つけて抱きしめて』の作品ページへ飛んだ。
(そういうことか)
誰かにしかけられている、悠真はそう感じた。怪しくはあるが、引き返すという選択肢はすでにない。
作品の閲覧数は『0』、つまりまだ誰にも読まれていないのだろう。悠真は自分が最初の読者になるのだ、という不思議な高揚感を抱きつつページをめくった。
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