月夜のブラッディ・マリー

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 駅前の繁華街から一本入ったところにある、とある雑居ビル。その地下一階に、BAR『Coffin』はひっそりと営業していた。  繁華街にあるのに何故“ひっそりと”なのか。それはこの店が繁華街沿いにではなく、一本入った裏路地沿いにしか入口が無いのが理由だった。その裏路地は、繁華街の煩わしさを回避してただただ帰宅しようとする会社員か、繁華街沿いに店を出している店員しか利用してしない。  傍から見れば、そんな裏路地に入口を構えているこの店は、客を歓迎しているのか拒んでいるのか謎だった。案の定、この店が営業し始めてから店内が客で賑わったことは無い。しかし人目を避けているのはこの店だけではなく、そういう人間がたまにこの店を見つけ立ち寄るので、この店は“ひっそりと”営業を続けているのだった。  そんなBAR『Coffin』にとある満月の夜、一人の女性客が訪れる。 「こんばんは」 「いらっしゃいませ」  糸目のマスターが笑顔で彼女を出迎える。店内は少し暗めの間接照明だが、糸目で色白なことを除けば、マスターが相当な色男だとわかった。ひっそりと店を構えている割には予想外に顔のいい店主が出迎えたことで、彼女は少し動揺した。 「何にしますか?」 「どうしようかな……」  手渡されたカタカナの並ぶメニューにざっと目を通すが、さっぱり味がわからない……そんな彼女の様子に、マスターは味の好みを訊いてとりあえず“ジントニック”を作った。甘すぎず辛すぎず、グラスに添えたライムを絞れば爽やかな柑橘の香りが口内に広がる、とても飲みやすいカクテルだ。 「今日はお仕事帰りですか?」 「えぇ。病院に勤めていて……」 「看護師さん?」 「えぇ」 「大変なお仕事ですね、お疲れ様でした」 「そんな……ありがとう」  一杯目のジントニックが緊張をほぐしたのか、やっと彼女から柔らかい微笑みが零れる。  店内に薄っすらと流れるジャズミュージックの間に、彼女はポツリポツリと自分のことを話し始めた。名前は『茉莉(まり)』と言い、総合病院に勤めて七年目の看護師で、年齢は二十七歳。最近、三年間付き合っていた彼氏と別れて現在はフリーだ。 「夜勤あるとなかなか会えなくて、そうこうしているうちに二股かけられちゃって……」 「わかりますよ。僕も夜の仕事なんで、なかなか昼間には会えませんから」 「彼女さんはいないんですか?」 「えぇ、残念ながら」  お互いにフフッと笑い合うが、茉莉は「恰好いいのに勿体ない……」と心の中で呟いた。
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