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波打ち際で、まるで少女のようにはしゃぐ真美に、城田は目を細めた。
オレンジ色の夕陽が照らす真美の横顔が、いつもより可愛いく見える。
城田は思わずスマホで、夕陽の中でシルエットになる真美を、何十枚も連写した。
砂浜に体育座りをしながら、ポケットに忍ばせたリングケースを、指先で確認する。
まだ付き合いはじめのころ、真美がなにげなくいった台詞を、城田はずっと覚えていた。
—— 夕陽が綺麗な海岸で、プロポーズされるのが夢なんだ……
真美の言葉を聞いた瞬間、水平線に沈む大きな夕陽に重なる、二人の映像が浮かんだ。いつか夕暮れの砂浜で、真美にプロポーズしよう。そう、強く想った。
あれから三年ほどたってしまったけど、今日、真美の夢を一つ叶えてあげられる。波とたわむれる真美を見つめていると、幸福感がじわじわと満ちてくる。
しかもこの海岸は、自分が幼いころ、ときどき家族でドライブにきていた思い出の場所だ。そんな場所でプロポーズなんて出来すぎだよなと、頬がゆるんだ。
城田は今の自分に満足していた。
五年前に起業した事業も順調だし、可愛くて気立てのいい、真美のような素敵な女性とも出逢えた。
城田は昔から、願ったことをほぼそのとおりに実現してきた。野球のイチロー選手が、子どものころから夢だった、メジャーリーガーになったように、自分も願ったことを形にしてきた。
高校のころ、デートで寄った原宿の占い師が、「あなたはとても念が強いから、強く願ったことは叶う運命ね」と、微笑を浮かべていった。
—— やっぱ、念とか言霊ってあるよなぁ……
そんなことをぼんやり考えていたら、「ちょっとお手洗い行ってくるね」と、真美が砂浜の向こうの道路に走って行った。
日没まであと二十分ほどだ。真美が戻ってきたら、どの辺りで指輪を渡そうか。考えながら浜辺を散策していると、波間から眩しい光が目を直撃し、城田は片目を瞑った。
目を細めて見ると、小瓶がぷかぷかと波を漂いながら、夕陽を反射している。
浅瀬にただよう瓶の中に、紙片が入っているように見える。
城田はズボンの裾をまくり上げて、じゃぶじゃぶと海に入り、小瓶を持ち上げてみた。
国道沿いの土産物屋に並んでいそうな、水滴のついた小瓶に、城田は見覚えがあった。
—— これって……まさか……
目線の高さまで小瓶を持ち上げ、瓶の底に目をやる。
ひらがなで、「ゆう」と、黒いマジックで書いてある。
—— やっぱりそうだ!
城田が小学生のころ家族でドライブに来たときに、土産物屋で買った小瓶に、手紙を入れて流したものだった。
こんな日に、こんな運命的な奇跡があるのかと、城田はコルクの栓を抜き、二つに折りたたんだ手紙を引っ張りだす。
手紙を手にしたまま、なにを書いたのか思い出そうとした。
すこし記憶を辿ったが、思い出せない。
小学生の自分が何を思っていたのか、わくわくしながら手紙を開き、文字を目で追った……
つわりが酷くてトイレに駆け込んだ真美は、今日城田に、パパになったことを告げるつもりだ。
砂浜に戻った真美は「ゆう?」と城田を探した。城田が座っていたあたりに、ベルベット地のリングケースが落ちていて、そこから海に向かってスニーカーの靴跡が、二十歩ほど続いている。
しかし、どれだけ海辺を見渡しても、城田の姿がない。
—— どっかに隠れてんのかな?
子供っぽい悪戯かしらと思い、真美はリングケースを拾うと、海に続く靴跡を辿った。
水際まできたとき、砂浜に落ちた小さな瓶と、波に濡れた手紙を見つけ開いてみる。
滲んだ文字で、こう書いてあった。
パパなんか、死んじゃえ!
小学生のとき、悪ふざけをして父親に叱られた城田が、怒りに任せて書き殴り、小瓶に入れて海に投げ捨てた手紙だった。
城田は子どものころから、強く念じたことを実現してきた。
何十年も叶わずに、波間に漂っていた城田の強い念が、パパになった今、叶った。
「ゆう?どこ?」と、波にさらわれた城田を探す真美が、夕陽に重なり、シルエットになった。真美は砂浜で、いつまでも城田を探し続けた……
— 終 —
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