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08
弦楽器のなめらかな音が重なって広がる。
最終的な確認を目的とした演奏が始まり、ホールの一角に集まっている奏者たちは音を奏でだした。
そんな音楽に促されるようにして、装飾の花をチェックしている背中に近づく。
「セス」
ふわっと柔らかな栗毛が動き、体ごとこちらに向けられる。
声をかけたのは仕事のことでだと思ったのか、表情が引き締められた。
「ディランさん、なんでしょう」
明日は他国の客人を招いてのダンスパーティーが城で行われる。
王子は乗り気ではないが、歴史あるダンスパーティーの会場としてこの城の名前が上がったのだから名誉なことだ。
仕えている者たち総出で明日のパーティーの準備をしてきた。
だいたいの準備は済んでいるから、執事である自分とユキ様に仕えるセス、そして数人の使用人たちが眠りにつく前の最終チェックを行っていた。そして先程、すべての確認が終了した。
「少し外に出てみないか?」
「外ですか?」
「うん。もう確認も終わっただろう?」
はい、と返すセスの手をとり歩き出す。
困惑を浮かべるセスだったが、誘いを拒絶することもなくついてきてくれることに安心した。
ホールの一部に外と繋がっている箇所があり、ダンスや酒で火照った体をすぐに外気で落ち着かせることができる。
庭園とは呼べないながらも、庭師の手で整えられた花々が美しく咲いているため、休憩や談笑にはもってこいの場所になっていた。
セスの手を引いて外へと出ると、自分よりも小さな体に向き直る。
夜の中ではあるがホールからもれる光で、さっきと同じようにお互いの表情も見ることができた。
「こんな機会は滅多にないだろうから、一緒に踊ってくれないか?」
「え?僕とですか?」
「うん、セスと」
大きな瞳がさらに大きくなり、俺を見つめる。
弦楽器の演奏はちょうど、軽くフレーズを確認するものからしっかりと丁寧な演奏に切り替わっていた。
「でも、僕、ダンスなんてできません……」
「大丈夫、俺の動きに合わせてくれればいいから。少しだけ、付き合ってよ」
「……わかりました」
俺の頼みに意を決したように頷いたセスに安心して息を吐く。
緊張しているのか、強ばっている体にもう一歩近づくと、腕を持ち上げ背中に優しくそえた。
流れている音楽に合わせて、ゆったりと体を動かす。
「そうそう、上手」
「あ、ごめんなさい」
俺の足を踏んで慌てるセスに、大丈夫、と落ち着くように囁く。
耳元での囁きに顔を赤くして俯いたセスに、愛しさが込み上げて口の端が緩む。
今日の仕事が終わっているとはいえ、仕えている者が城の一角でダンスを楽しんでいるなんて、良いことのはずはない。少し前の自分だったら絶対にしなかっただろう。
しかしオーウェンに、セスとの時間を大切にしろと日頃から何度も言われているため、その好意に甘えさせてもらおう。
「セス」
「はい……んっ」
すぐ側には愛しい人、一流の奏者の音楽での踊り、日常から少しだけ離れたふたりきりの時間、俺の声に応えてくれるセス。
そんな贅沢な空間を堪能しながら、俺を仰ぎ見たセスの柔らかな唇にキスを落とした。
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