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01
ユキ様とオーウェン王子のおふたりが睦まじくテラスへと出ていったのを見届けて部屋の扉を開ける。
おふたりの時間を邪魔しないように、基本的にユキ様と王子が一緒の時はその場から離れるようにしていた。
いつ呼ばれてもいいように遠くには行けないが、この時間で他の仕事をやっておこうと意気込んだところで今自分が出てきた後ろの扉がまた開く。
そこから出てきた人物は僕がまだいることを確かめると、少しだけ身に纏っている空気を和らげた。
「セス、ちょっといいかい?」
「はい、なんでしょうか、ディランさん」
何か仕事だろうかと、王子の部屋から出てきたディランさんを仰ぐ。
自分たち使用人を管理している、いわば上司である彼の言葉を聞き漏らさないように身構えた僕の先で、ディランさんは力を抜くように息を吐き出した。
「私たちも休憩にしよう」
彼の口からでた思いがけない言葉に、ぱちりとひとつ瞬きをした。
「良い香りだ」
これは何かのテストなのだろうか。緊張で手を冷たくしながらもいつも通りに淹れることのできた紅茶をディランさんの前に置く。
カップを持ち上げたディランさんは香りを楽しんだ後ゆっくりと口に含んだ。
休憩しようと言われて彼の後をついてくれば、到着したのは執事であるディランさんに用意されている部屋だった。基本的に使用人は数人でひとつの部屋を使っていて、個室が用意されているのは目の前で紅茶を飲んでいるディランさんや兵士長などの限られたごく一部の人だった。
初めて足を踏み入れた執事の部屋で、何のために連れてこられたのだろうかと体を縮ませる。部屋にひとりで呼び出されるほどのことをしでかしていたのだろうか。
「ユキ様が美味しい美味しいと仰るが、本当に腕を上げたな」
「ありがとうございます……」
「今の仕事にも少しは慣れたかい?」
「はい、ユキ様にはとても良くしていただいておりますし」
「それなら良かった」
まるで仕事のことを確認する面談のようでまだ体を硬くしている僕に、ディランさんは少しだけ口元を緩ませる。
「休憩なんだから、楽にして」
「は、はい」
どうやら本当に休憩だったらしくディランさんは僕にリラックスするよう促すと、自分も息を吐きながらソファの背もたれに体を埋めた。しかし、だらっとした印象にはならないのがさすがだなぁと思う。
まだこの城に勤めて長いとは言えない僕は、今まではディランさんと話す機会さえなかった。しかしユキ様の専属使用人になってからは、きっと使用人のなかでは彼と言葉を交わすことが一番多いのではないかと思う。
使用人のなかでディランさんに憧れていない人なんていないくらいに、彼は仕事ができて気品があり、堂々としていて、しかし嫌みがない。
上司としても憧れを持つ者も多いけど、彼に特別な感情を抱く人も多いと聞く。
確かにいつも背筋がぴんと伸びスマートで程よい緊張感がある彼の姿は完璧で、自分もいつかそうなりたいと憧れいているひとりだ。ユキ様の専属使用人となり近くで見るようになってから、何度もディランさんの優秀さと格好良さを実感している。
けれど今の少し力の抜けた姿を見られたことも嬉しく思う。いつも背筋の伸びたディランさんが僕の前で気を抜いてくれて、まるで自分が特別のようだと思ったところで急いで思考を止めた。
「どうした、セス」
「いえ、なんでもありません」
いま、僕は何を考えていたんだ。
自分でも知らなかったものに手が触れそうになった感覚。これ以上は考えたら駄目だと反射的に判断し、自分にも用意したカップを手にして口に運んだ。
どくどく、と体のなかでやけに煩く動く心臓が、紅茶の良い香りで少しだけ落ち着いた気がした。
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