8. 師弟

1/1
776人が本棚に入れています
本棚に追加
/299ページ

8. 師弟

 魔導師になる。  そう決めた。というか決められた。というか流された。というか……  とにかく魔導師を目指すことになった。  まぁ、ぶっちゃけ何でもよかった。  俺はこの世界の事を何も知らない。この世界で出来ることは何もない。それでも、この世界で生きて行かなければならない。そのための手段として魔導師が向いているというのならそれでいい。魔導師が就ける職というのも(かなり偏っているとは思ったが)いくつかあるようだし、だったら魔導師になるまでだ。  と、強く心に誓ったつもりだったが、その薄っぺらな誓いは早くも破れそうだ。 「う~……気持ち悪……うぇぇぇぇ……う……」  ◇◇◇ 「あぁ~、いい天気だ、絶好の修行日和だなぁ」 「で、何からやるんですか?」  はぁ、とため息をつき呆れた表情のレイシィ。 「お前というやつは……もっとあるだろ? こう……あるだろ?」  何がだよ? 「早く始めましょうよ」 「お前あれだぞ? もっと色々楽しんでいけよ」  何も知らない世界で、楽しむ余裕はない。 「まぁいい。あ~、今日から魔導師の修行を始める。(いち)からどころか、ゼロからのスタートになるが心配ない。私が全て、完璧にサポートする。ただ厳しい修行になる、という事だけは初めに言っておく。そもそも魔法とは……」 「早く始めましょうって」 「お前ほんとアレだな! こっちにだって色々あるんだよ! 人にものを教えるんだから半端には出来ないし、気持ちを作っていかないといけないし、それを途中でぶった切って……」 「気持ちも何も、誘ったのはレイシィさんでしょ? こっちはとっくにその気になってるんですから」 「それだ……まずそれなんだよ……いいか、今日からお前は私の弟子、お前にとって私は師だ。師弟というのはもはや身内、家族みたいなものだろ? それをお前レイシィさん(・・)とか、敬語とか、そういうんじゃないだろ? 家族にそんな気を使うか? なんだお前は? 貴族ですか? 貴族の生まれですか?」  なんだ? 今日ちょっと変だぞ? ちょっとウザいんだけど…… 「じゃあ、タメ口でいいんですか?」 「そう言ってるだろ、やめろ、敬語とか。気持ち悪いわ」  そんな言うか? 「分かった。じゃあ師匠、何からやればいい?」 「は? なんだそれ?」 「は? 何が?」 「なんだ? 師匠って? なんでそんな年寄り臭い呼ばれ方されなきゃならないんだ? え、何? お前、私の事そんな年寄りだと思ってんの?」 「いや、そんな事ないけど……あ、じゃあ、歳いくつなの?」 「はぁ!? お前、そんな事聞く!? 女性に向かって歳とか……正気か!?」  もぉぉぉ~、なんだよ! 面倒くさい! 「じゃあ、先生、何からやる?」 「それもお前、なんか……違うだろ。先生ってのはちょっと……」 「……お師匠」 「もう普通にレイシィでいいだろ! なんでそんなに呼び方にこだわる?」  ダメだ、これじゃいつまで経っても始まらない。 「いいか、俺とあんた、二人しかいないんだったらそれでもいいだろう。でも、他にも人は沢山いる。弟子が師のことを呼び捨てしてたら、周りはなんて思う? あんたが軽く見られるんだ。それは弟子として、容認出来ることじゃない! 師匠、先生、お師匠、どれか選べ!」  こちらの勢いに驚いたのか、レイシィはすっかり大人しくなってしまった。そして下を向いたままぼそっと 「……じゃあ……お師匠で……」  ふ~ん、お師匠、ね。おっけおっけ、了解、了解。  それにしても、お師匠、結構かわいいとこあるじゃない。  後から聞いた話だが、レイシィが弟子を取ったのはこれが初めてだったそうだ。弟子との関わり方、距離感が分からず、また気負いもあったせいであんな変な感じになったそうだ。  急にお前とか言ってたし。  とにかく、ようやく修行がスタートした。 「まずは、魔力を認識するところから始める。私がいくらお前は凄い魔力を持ってる、って言ったところで、自覚がないんじゃどうしようもないからな。ただこの作業は本来なら子供の頃から、本当に小さい頃から少しずつ行うものだ。遊びや生活の中でな。でもそんな時間はかけられない。なのでこれから行うのは少し荒療治だ」  (荒療治……)  急に緊張感が出てきた。 「よし、手を出せ」  右手を前に出す。レイシィは握手をするように左手で俺の右手を掴む。と、 「ん? うぉ……おおお? えぇぇ!?」  レイシィの左手から何かが入ってくるような感じがする。 「なに……これ?」 「私の魔力をお前の中に注入した」 (魔力、これが……) 「どうだ?」 「ああ、確かに、何かが入ってきた感じが……ん? なんか、ピリピリしてきた……」  右腕全体がピリピリと(しび)れ出してきた。と思ったらすぐに 「え……うぉっ!」  今度は身体中から右腕に向け、何かが集まって行く感じがする。まるで血液が右腕にどんどん流れ込んでくるような、そんな感じだ。 「何これ? なんか右腕に、ぐ~っと……」 「集まってきたろ? それがお前の魔力だ」 「俺の魔力……」  確かに右腕に何かが集まって来ている感じがする。しかし気のせいだ、と言われれば、あれ、そうかな? って気もするし……要するに、実体がないからはっきりと分からないのだ。 「痺れはどうだ?」 「うん、なくなった」 「よし、じゃあこれを何回か繰り返す。少しずつお前の中に入れる魔力を増やすからな。その度にお前は自分の中の魔力を、よりしっかりと認識出来るようになっていくはずだ」  そうして五、六回、この作業を繰り返した。確かに数を重ねる度に、実体のなかった魔力がはっきりとしていく感じがする。 「うん、今日はこの辺にしとこうか」 「ん? もう終わり?」 「ああ、初日からやり過ぎてもよくないしな。それに、どうせお前すぐに動けなくなるから」 「え……どういう事?」 「荒療治って言ったろ」 「いや、聞いたけど……?」 「自分以外の魔力ってのは、大抵毒なんだ」 「毒!?」 「身体の中に自分以外の魔力、毒が入る。腕が痺れたのはそのせいだ。なんせ毒だからな。すると自分の中の魔力は、その毒を排除しようと集まってくる。それを利用して魔力の存在を確認するっていう方法だ。  ただ、今まで眠っていた魔力を叩き起こした訳だからな、当然体に負担がかかる。そのうち症状が出てくるはずだ。」 「症状って……何?」 「人それぞれだが、頭痛、吐き気、倦怠感だったりとか……ふふっ、二日酔いのそれに似てるな」 「えぇ~! なんでそれ先に言ってくんないんだよ! 分かってたら心構えとか……そういうの必要だろ~?」 「な……お前さっきと言ってる事違うだろ! とっくにその気になってるとか言ってなかったか? こっちの気持ち作るのは邪魔するし!」 「だってこれ、気持ち悪くなるの待ってる状態だろ? 何だよこれ、何待ちだよ! 大体……最初から……う……」 「うぇぉぉぉぉ……」 「バカッ、お前! もっとそっち行ってやれ!」  最悪の気分で魔導師の修行が始まった。
/299ページ

最初のコメントを投稿しよう!