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5. 謁見
暇だ。何もする事がない、というのはこんなにも辛いものなのか……
レイシィの家に厄介になることになった初日、俺はいきなり留守番を任された。しかも何日も。さらにそれを聞いたのは昨日の夜、彼女と街で夕食を食べている時だ。
◇◇◇
「んん、うまい! うまい酒とうまい料理、それだけで人生は豊かになるな」
そう言ってレイシィは、ぐっ、とミードを飲み干す。
ミードとは蜂蜜酒の事。水と蜂蜜で作るそうだ。ハーブやスパイスを混ぜることもあり、その店々で味や風味が違うらしい。ミードが旨い、という理由でこの店、茨の庭は彼女のお気に入りになったそうだ。
「ここのミードもうまいが王都にある跳馬亭、あそこのミードも絶品なんだ。大通りから一本奥に入った路地にあるんだが……あ、おかわりくれ~!」
……それ何杯目よ?
「あ、そうだ、明日から王都に行ってくるから、留守番頼むな」
「えっ、急! 明日から?」
「ああ。今回の一件を王に報告してこようと思ってな。最初はこの街の衛兵に頼もうかと思ったんだが、あの魔法石の事を説明する必要もあるし……だったら私が直接行った方が早いからな」
「はぁ……だったら、まぁ……」
「この街から王都までは馬で二日ちょっとだから、往復で六日ってとこか」
「そんなに!?」
「必要な金は置いていく。勝手が違うだろうが、子供じゃないし何とかなるだろ?」
う~ん……まぁ、何とかするけど。
◇◇◇
で、今日で三日目。
昨日、一昨日は主に掃除をしていた。世話になるんだからそれくらいはしないと。だが掃除用具が見つからなかった。探して探して、ようやく倉庫の奥底からホウキらしき物を見つけた。らしき物、というのは掃く部分、穂先がこれでもかっ、てくらい広がっており、まるで別の道具のようにも見えたからだ。いや、ひょっとしたら本当に別の用途で使う道具なのかも知れない。何しろここは異世界なのだ。じゃあ何に使う物? と聞かれても分からないが。まぁ、かろうじて掃けるから良しとしよう。
自分の寝床である客間、リビング、廊下……テーブルや水回りもキレイにしよう、と思ったが今度は雑巾の類いが見つからない。
普段掃除しないのか?
そして初日に、それはそれは重大な事実に気付いてしまったのだ。俺は魔法も魔法石も使えないから、火を起こせない。つまり飯を作れないのだ。木の棒をしゅっしゅ、しゅっしゅ回してとか無理。ライターがなきゃ無理。俺はインドア派だ、なめんな。
さらに、暗くなっても灯りを点けられない。この世界の照明はほぼ魔法石。稀にろうそくを使うこともあるらしいが……うん、結局どっちも使えない。
しょうがないので日が暮れる頃に街へ行き、どこかで晩飯を食べたついでに翌日の朝・昼のためにパンなどを買ってから、ここに帰ってくるようにした。真っ暗な森の中を、灯りを持たずに歩くのはかなりしんどい。何が出て来てもおかしくない雰囲気だ。びくびくしながら無事家に着いても、真っ暗なのですぐに寝る。模範的な早寝早起きだ。
あぁ、なんて健康的な生活だろう……発狂するわ。
昨日は掃除をしつつ周辺の散策をした。といっても本当に家の周りだけ。うっかり森に入ってしまうと、同じ景色ばかりで迷子になってしまう。
そして今日、三日目にしていよいよやる事がなくなってしまった。
あ~、スマホ欲しいわ。まぁ、あっても充電出来ないけど。ああ、今日もそろそろ日が暮れそうだ。街、行こ。
◇◇◇
その頃レイシィは王都オルスの中心にそびえるオルス城、その謁見の間の奥、王の政務室にいた。事の顛末をオルスニア王に報告する為だ。
「――――ふむ、話は分かった。にわかには信じられぬが、そなたが言うのだ、間違いないのであろう」
「は、ありがとうございます」
「して、これがその魔法石か……」
王は魔法石に手を伸ばそうとする。が、
「王よ、お待ちを! まだ安全が確認されてはおりません!」
と、近習の者にいさめられ、伸ばしかけた手を引っ込める。
「ふむ、何か被害が出る前に、早急に調査せねばならぬな」
「恐れながら、王よ、すでに被害は出ております」
オルスニア王の言葉に、レイシィはすぐさま強めの口調で反論した。
「む……あぁ、そうであったな。その青年、コウと申したか? まこと、気の毒であった」
「は、しかしながらその原因の大元には、過去に私が関わっていた研究の存在があるかも知れません。もしそうであるならば、彼には本当に申し訳ないことをしたと……まったく、未熟だった頃の自分の頭をかち割ってやりたい気分です」
「ふむ、殊勝な事だ。今のお主を見て〈狂乱〉の二つ名を想像する者はおるまいな」
オルスニア王はニヤリと笑いながらレイシィを見る。
「また……そのような事を……」
レイシィは困ったような、ばつが悪そうな顔で言い淀む。
「はははっ、済まぬ、戯れ言だ、許せ。して、その青年……コウをどうするつもりだ? ちと特殊なケースではあるが、難民扱いとして国が引き受けても良いが?」
「は、彼に関しては、このまま私が面倒を見ようと考えております」
「ほう……贖罪……か?」
「それもありますが、少し気になる事が……試してみたい事がございます」
「ふむ、ならばそなたに任せよう。しかし、出来る限りその者の意を汲んでやって欲しいと思う」
「は、それは無論」
「しかしレイシィよ、今ほんの僅かに〈ドクトル〉の顔が覗いておったぞ? 一体何を試すのやら……」
オルスニア王は再びニヤリと笑う。
「おや、左様ですか。しかしながら、そのあだ名は返上せねばなりませんな。何しろ、私をはるかに凌駕する大天才が現れたようですので」
レイシィはそう言って、テーブルの中央に置かれている魔法石に目をやる。
「まだ断定は出来んぞ。まことであれば、確かに天才であるな。しかし、ドクトル・レイシィがそのような者に遅れをとるとは思えんが?」
「お戯れを……」
「ドクトルの二つ名はそれ程安くはなかろう? 狂乱の方は分からんがな」
オルスニア王は笑いながらワインを飲み干す。
「だが真に見極めるべきは、その者の頭の出来ではなく心根の方だ」
「仰る通りに。果たして善か、悪か。仮に後者であれば、大陸中を巻き込む大戦に発展するやも知れません」
「善であることを願うのみ……か」
「は……まぁ善であったとしても、覇権を狙う大国同士の削り合いくらいは起こるかと」
「ふっ、いずれにしても荒れる、と読むか」
「なにしろ、前代未聞の事です。この魔法石の価値、果たしてどれ程のものになるか……いくら積んでも手に入れたい、そう考える国もありましょう」
「ふむ、確かにな。して、レイシィよ、この魔法石はこちらで預かるが良いな?」
「は、そのつもりでお持ちしました。実は、これと同じものがもう一つございます。そちらは私が所持することをお許し下さい。」
「許可しよう。ではお互い調べて、何か分かったら報告し合うとしよう」
「かしこまりました」
「ドクトル・レイシィの由縁、見せてもらうぞ」
「どうでしょうな、なにしろ三年も怠けておりましたゆえ、錆び付いておるやも知れません」
「ふははは、鍛え直すには丁度良いではないか。さて、今日はこちらに泊まるのであろう? 部屋と夕食を用意させよう。料理長が、良いワインが入ったと言っておった」
んなっ!
今日は久々に跳馬亭で食べようと思っていたのに……
山鹿のロースト、飛兎のシチュー、特製ミード……あぁ、まさに名店の味!
しかし、さすがに王の誘いは断れない。
「あ、あぁ~、それは、楽しみですなぁ……
馬を早駆けさせた甲斐が、あったと……いうもの……」
くそぉぉぉ……
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