一章「はじめましてじゃないけれど」

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一章「はじめましてじゃないけれど」

 あたしはそうやって、ベッドの上に寝かされていた。  あたしはこの世界を救うために頑張ってたんだけど、やっぱり力が足りなかった。最後はあの黒い聖職者の男に、呪いをかけられて動けなくなった。あたしを包むこの毛布は、あたしを封じ込めるための布なのだ。これに巻かれている限り、指一本も動かすことができない。この世界を支配するあの男でさえ、このあたしを殺すことができなかった。それはつまり、まだ負けていないということ。この世界を破壊し、あの人を救うことが、できるということ。  だからあたしは諦めないで、こうして何十日も、意識を保ったまま待っていた。信じる人が、来てくれることを。  そうして待っている内に、毎日のように降り続く雨の音は耳に馴染む。鼻の奥はつんとした消毒の匂いがした。あたしはこの匂いが、好きじゃない。だって、悲しい匂いがするじゃない。  しばらくすると、四十日も聞かなかった近くの電車の音が聞こえる。ああ、動き出した。こっちに来る。誰かが、こっちに来る。この忘れさられたさみしく白い病棟に、誰かが。  電車はとまる。誰かが病棟に入る。遠くで、泣いている。あたしは泣き声の方に駆けていって、どうしたのって聞いて慰めてあげたいのに、それができない。あたしはまだ、起き上がれないから。この場所に、囚われているから。  はやく、起こしてほしいなぁ。  泣き声と、からだを引きずる音。それであなただとわかる。そしてその音は、だんだん近くなっていく。そう、こっちだよ。こっちまで来て。ここにあなたを傷つける人は、いないから。  あなたはゆっくり、あたしの白い部屋に入ってきた。ためらうように、ゆっくりと。  入ったときの、雨の匂いと血の臭い。それからあなたの苦しげな吐息と、泣き声が、あなたの悲しみを色濃く表現していた。ずっと独りで、ここまで来てくれたのだ。あたしを探して。  ひんやりとつめたい指先が、あたしの頬にゆるく触れる。それだけで、あたしを縛っていた毛布はひとりでに燃え、消えた。呪いを解いてくれたのだ。  あたしははっと目を醒ます。近すぎてピンボケした白い左手と、ガスマスク。あなたがそこに、立っていた。雨が降り注ぐぼろぼろのプラットホームから歩いてやってきてくれたのだ。あたしはずっと手に握っていた、ミイラのようなシロツメクサを、彼に差し出した。
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