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彼は情けない声を上げて、後退り、部屋の隅っこに逃げてしまう。対してあたしはゆっくりと起き上がり、手を弾かれて散らばってしまったシロツメクサを拾い集めた。ベッドからとんと降りて、久し振りに二本足で立つ。窓の外は風が吹いていて、静かな雨の音がしていた。唯一の光はこの窓で、しかし薄暗かった。しかも彼はその窓の反対側の奥の方に引っ込んでしまっている。壁一面に敷き詰められた中の一つの本棚に背をつけて、丸まっているのだ。
電灯をつけようかと思ったけど、それは彼を刺激するだけだ。きっと揺さぶっても、大声を出しても悪化するだけだ。あまたの悪意が彼をここまで追い込み、閉じ込めたから。あたしの容姿は、八歳の子どもと変わらないはずだ。彼の一回りも二回りも小さいあたしが彼をどうこうできるはずがないのに、彼はあたしでさえ怖いのだ。
あたしは、あんなやつらと違うのに。
あたしは静かに部屋を後にする。無理に頑張っても彼のためにはならない。それにいろいろと、しなければならないことがある。
病棟の二十三階に上がれば、屋上に出られる。外はもちろん土砂降りだった。あたしがかなり前に育てていた花壇の花は、やっぱり枯れていた。多量の雨によって枯れたらしい。愛情も与えすぎれば毒になるように。
せっかく、プレゼントしようと思ったのになぁ。
ずっと手に持っていたシロツメクサを、湿った土の中に埋めた。ずっと、ずっと渡そうと思っていたのに、枯れてしまった。どうしようかな。渡そうと思っていた花がない。
雨に打たれながらそうして悩んでいると、枯れた花たちのところにみすぼらしい鳥がやった来た。頭は牛のようにいかつく、重そうなのに体が痩せこけていて、骨がむき出しだったのだ。羽はところどころ折れていて、黒く染まっている。しかし当の本人はどこ吹く風と言った様子だ。……前は、こんなひどい姿でもなければ、こんな卑下た笑みを浮かべたりなどしなかったのに。
「ヤァヤァヤァ」
「お久しぶり、ジズ」
ジズはあたしが大事にしていた花壇を前足でいじくる。枯れた花たちの根を荒らし、掘り起こしていく。
「閉じ込められていたのに、起きちまったんだねぇ」
「あたしがいないあいだに、ジズも花も、天気も悪くなったね」
「そりゃこれが世界の在り様だからさ」
「こんなひどい世界は、違うわ」
だってあたしがまだ頑張っていた時は、こんな荒れ果てていなかった。まだ世界は修復する余地があった。それなのに、あの聖人の顔をした男に邪魔をされた。あたしを閉じ込め、あの人を殺そうとした。
絶対に、許せない。
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