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月明りの下で
満月の夜、今でも時たまあの海辺へ行く。弟の尊を連れて。
尊は去年足首を骨折してしまい、今では上手く歩けない。「ほっとけば治る」と医者に連れて行ってもらえなかったからだ。
私はたまらず、勝手に尊を病院に連れて行ったけど、受付で「保険証がないと何万円もかかる」と言われてしまった。家賃代わりだ、とバイト代もほとんど渡してしまっているから何万も残ってないもの。やっぱり子供は無力だ。
ここへはなけなしのお小遣いを使ってバスで来る。緑ちゃんのハンカチで作った小さなハート型のマスコット。いつか渡せたらとポケットに忍ばせて――。
私は緑ちゃんと同じ年になったけど、やっぱりこの歳で自分で暮らすなんて、言うほど簡単なことじゃない。あの頃の私は子どもすぎた。
親に食事を与えてもらい、学校へ行かせてもらい、家に住まわせてもらう。こんな普通のことが私たち兄弟にとって、どんなに屈辱か――。
それでも緑ちゃんと約束したから。高校を卒業するまで我慢する。
浜辺に立つと『月の道』はいつでも月と私を繋いでる。
受け入れるわけでも拒絶する訳でもなく。
「俺、姉ちゃんが就職して家出たら『月の道』行こうかな。緑ちゃん、探してきてやるよ」
尊がつぶやく。
「一人で行っちゃだめだよ? 私の事、絶対待っててよ」
どこかへ行ってしまいたい人を魅了する冥府への一本道。
緑ちゃんはまだ見つかっていない。
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