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 玄関先に(たける)はいない。ドアに手をかけると、もう鍵がかかっている。麻里は間に合わなかったのだ。  ため息を吐きながらチャイムを鳴らすと、インタホン越しに母親の怒号が降ってきた。 「今、何時だと思ってるの? (たける)だって時間通りに帰ってこれるのに! 時間も分かんないの? 弟の迎え一つできやしない、何だったらまともにできるのよ、役立たず! お前はもう帰ってくるな!」 「……ごめんなさい」 「うるさい! 言い訳ばっかりして。顔も見たくないんだよ!」 「……はい」    これも、いつも通りだ。  いつもは玄関先で父親の帰りを待つ。そして「また何かやらかしたのか。いい加減にしなさい」と父親にも怒られながら家に入れてもらう。中に(はい)れてももちろん、夕飯も抜きだし、二、三日、母親は口も聞いてくれないのだ。  隣のおばさんが声をかけてくれることもある。その時は最悪だ。「一緒にあやまってあげる」などとおせっかいを言い出してうちのチャイムを鳴らす。他人の手前、母も家へは()れてくれるが、 「恥さらし! 隣のおばちゃんを利用するなんて。なんて狡い子なの!」    殴られることもある。  ――もう。嫌だな。  麻里はふらりと歩き出した。    ――このまま私が居なくなって困ればいいんだ。夜まで子供が一人でいたら、絶対警察とかに怒られるはずだもん。  そんな時、麻里は心の中で亡くなった祖母に語り掛ける。母親がどんなに理不尽か。言いつけてやるのだ。  門限を過ぎたといってもほんの二、三分。しかも、麻里自身が遊び歩いていたわけじゃない。 (おばあちゃんもお母さんを怒ってよ。私、なんにも悪くないよ)
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