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エピローグ
週が明けると、ようやく俺も気合が入ってきていた。二歩目を踏み出すにあたり、また別のきっかけがほしかったのだ。
「何かネタはないか?」
「学園祭の編集、まだ残ってるけど」
そりゃそうだ。まだ演劇部の分すら完成していない。これから数週間は学園祭と向き合うべきなのだろう。
しかし、俺は今やる気に満ちている。編集作業ではもて余してしまうのだ。
「飽きた」
「えー!?」
声の主は部長である。さすがに雑過ぎたようで、かなりショックを受けている。ちょっとあっけらかんと言い過ぎたかもしれない。
「いや、そろそろ別のネタに取り掛かりたいと思っただけだ。編集作業に飽き飽きしているわけじゃない」
慌ててそうフォローする。部長はいつもの困ったような笑みを浮かべる。
「どうしましょうか。落研ですか? 落研ですね!」
「落ち着け、お前は落研が好き過ぎる」
おちけんって言いたいだけな気もする。天王寺のこういうセンスはよく分からない。そして微妙に落研に失礼である。
「急にやる気を出したわね。葵先輩から何か反応でもあったの?」
「なんで鵜久森の名が出てくる。俺はただ、そろそろ違うことをやりたくなっただけだ」
求めているのは、少しでも櫻子が感化されるような、達成と成功だった。今度は櫻子の好奇心も刺激できれば理想的だ。
「美少女インタビューでいいじゃん。かわいい子を見つけたんだよね。芸能科のさー」
不愉快な声が響く。小鳥遊の声の音域だけ封印できる耳が欲しい。
「ちょっと静かにしててくれ。なんとなく不快だ」
「僕だけ適当過ぎない……?」
こいつには雑でいい。というか、前の件もあるし、美少女インタビューから外したほうがよいかとも思っている。そうでなければそのうち優陽に殺されてしまうことだろう。
ふいにスマホが震える。これはSNSのアプリ通知のパターンだ。俺はなんとなく画面を覗いた。
「お、鵜久森からだ」
「何? やっぱり連絡を取ってるんじゃない」
「これが初めてだ。この前の感想じゃないか?」
あるいは今日入院らしいし、その報告かもしれない。入院して余裕のあるうちに感想を送ってきた可能性もある。
色々考えながら俺はアプリを開いた。……そっと閉じた。
「なんて?」
「……いや、気のせいだった」
「それはおかしいでしょ」
優陽は呆れたように見てくる。なかなか鋭い。しかし、これだけは見せるわけにはいかなかった。
「そういえば、感想を送るって言ってましたね。優陽ちゃんにも来ますよ」
「そうなの? ……でも、ちょっと春斗のは覗いてみたいところね」
どうやら疑われているようだ。全く、こんな内容のものだと知っていたら、ここで開かなかったというのに。
おのれ鵜久森。恐らく、この時間に送ってきたのはわざとだ。制送部にいる時に動揺させようとしたに違いない。あいつの本質はドSなのだから。
「さて、話を戻そう。落研の話だったな」
「そうです、落研です。落研の話をしていました」
「違うから」
露骨に話を逸らす。この話題なら天王寺が食いついてくれると思ったが、見事に上手くいった。
俺はその勢いで話を逸らし続けた。企画の話や他の部活の情報交換、そこからテレビ番組の話へ発展し、天王寺のお金持ちネタでオチがつく。
結局、今日の部活は不毛な話で埋まった。でもそれはそれで、贅沢な時間だった。
帰り際、俺は天王寺にそっと近づく。ちょっとした内緒話だった。
「天王寺」
「はい?」
「櫻子、見てくれてたよ。いつもより良かったって」
たったそれだけのことだった。それでも、天王寺に報告すべきだと思ったのだ。
「それは良かったですね」
「ああ、それで――」
彼女はいつも通り、柔らかな笑みを浮かべている。
「いつか、櫻子に関して、力を貸してほしいときが来ると思う。その時は、協力してほしい」
俺が言う。すると、天王寺はとびっきりの笑顔を浮かべ、
「はい」
と返してくれた。やっぱり、言って良かったと思った。
「……ところで」
「どうした?」
天王寺の表情はくるくる変わって面白い。キリッとした表情は、ふざけたことを言うときのものだ。
「実は、私も葵先輩からの連絡が気になってたんです。まだ私には来てないのに、水内くんにだけ来てるってことは何かあるんですよね? 何が書いてあったんですか!?」
それをぶり返すのか。もちろん、見せる気などない。
「絶対に見せない」
「水内くんが頬を赤らめながら隠したものを見せてください!」
「嫌だ」
断固拒否する。こんなもの見せられるわけがない。これは新しいドSな鵜久森のいたずらなのだ。
○
水内くんへ。
放送、見ました。私のために舞台の後もみんなでがんばってくれたんだね。本当にありがとう。おかげで家で見られました。
私が湊高校に居た記録。それが映像という形で残って、その全てが良い思い出になった気がします。本当に不思議。もう湊高校に楽しい思い出しかないから。
今は体調が良いです。ちょっと入院して、退院するころには新しい、体の強い鵜久森葵になっていると思います。その時はお店を手伝うことになるので、何か買いに来てくれると嬉しいです。おまけもつけます。冬のみかん大福も結構おすすめなんです。
これからも、私は制送部の活動を応援しています。水内くんたちならきっとなんでもできるよ。だから妹さんも大丈夫。いつか、一緒にお店に来てくれたら嬉しいな。
そして、日曜日のあのひと時は私の中で忘れられない思い出です。なんと言っても、私の初デートです。男の子と手を繋いだのだって、小学生以来だったよ。
鈍感な水内くんが気づいていたかわからないけど、私は君のことが好きでした。あの時、それを言おうか悩んだんだ。でも、私の中ではわかったつもりだからね。もちろん、言ってあげません。
私は水内くんの青春も応援しています。キラキラした君の姿が、妹さんにも届くと良いな。
彼女ができたら教えてね。
鵜久森葵
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