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部屋を出て先を進む亜希の後ろを黙ってついていく。廊下に響く亜希の靴音が俺の不安を揺さぶる。
エレベーターを降りてマンションを出ると、見上げて確認してしまった。目の前の大通りを挟んで建つマンションや商業ビルのせいで見つけることはできなかった。でも、夜空がさっきよりも明るく見えるような気がする。ひょっとしたら、隠れていた薄雲から出たのかもしれない。
予約をした店までは、ここから歩いて五分程度。それまで、どうか見えないようにと心の中で祈った。知ったはずの道が果てしなく感じる。
顔を戻すと、五メートルくらい先で立ち止まって俺を見ている亜希に気がついた。もの言いたげな顔から何か出る前に、早く追いつかないと。
急いで右隣に収まり、俺達は肩を並べて歩き始めた。何を話すでもなく、無言で進む。いつの間にかできていた透明な衝立がそうさせてしまうのか。自然で心地よい空気が流れる沈黙を懐かしんでしまう。
今の俺達は端から見たらどう見えるんだろう。この歩道の規則的なブロックのように収まり良く見えるだろうか? すれ違う人達の足音を聞きながらそんなことを考えてしまうのも、このところの二人の関係性に揺らぎを感じているからだ。しっかりとしたものならば他者からの見え方など気になるはずもない。
きっとそれは亜希も感じているのだろう。今夜わざわざ店を予約するなんてそれ以外は思いつかない。合わせ鏡に映った俺の感情に不安を覚えたからに違いない。性格上、何かしなくちゃと考えたうえでのことだと思う。行動に移せない俺とは大違いだ。亜希と付き合って六年。同棲を始めて五年が経つ。倦怠期と言われればそれまでだが、お互い三十を越えた今年。おのずとその先にも考えがおよぶ。
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