彼女より月が綺麗に見えたなら

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「ねえ、なんかすごく嫌そうな感じが滲み出てるんだけど」  突然ぶつけられた言葉が痛い。 「い、いや。そんなことはないよ」  亜希は前を向いたまま続ける。 「わたしと歩くの苦痛?」 「そ、それはない。違うんだ」  俺は慌てて否定した。そう。違うんだ。亜希と歩くのが嫌なんじゃない。亜希と一緒に月を見るのが怖いだけなんだ。  あれは五年前。ゴールデンウィークに実家に帰省した際、親父と居酒屋に行った帰り道だった。  穏やかな夜風に吹かれながら、満天の星空に浮かんだでっかいまん丸の月に照らされていた。そんな光にあてられたわけでもないだろうが、古びた商店街を歩く親父の口は饒舌だった。 「いいか響一。隣に立ってる彼女より月の方が綺麗に見えたら、それは別れ時だ」  俺も酔っていたせいか、笑いながらその話に興味を持った。 「なんだよそれ。おもしろい話だね。親父の持論?」  バカにするなという顔を俺に向けて力説し始めた。 「そうだ。俺の持論だ。文句あるか? 考えてみろ。月は確かに綺麗だ。今夜の月なんて特にな。あれ? スーパームーンか? でっけえなあ」  筋がそれそうだっので、俺は先を促した。 「そうそう。だからな、月が綺麗なのは当たり前。でもな、好いた女ならそれ以上に綺麗なはずだろ? 月に負けるわけないんだよ」  親父は赤ら顔で自信満々だ。 「そりゃあ、波もあるさ。微妙な時だってあるだろう。でもな、負けてなきゃ大丈夫。まだ続けられる余地はある。もちろん努力は必要だけどな」    
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