彼女より月が綺麗に見えたなら

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 分かってんのかお前はと、俺の頭を小突きながらも、さらに話に熱が入った。 「だからな、そんな時がきたら、すっぱりと別れろ。無理に続けたってお互いにつらいだけだ。もしそんなんで結婚してみろ? すぐに離婚だぞ」  なるほどね。そんな時は黙って身を引けというわけだ。 「じゃあ、結婚した後だったらどうすんだよ?」  俺の問いに、親父は難しい顔をした。 「まあな。結婚ってさあ、そんな感情だけじゃ成り立たないわけよ。してしまったら、いろんなしがらみやなんかもあるだろ? 子供もいりゃあ、なおさら二人だけの問題でもないしな」  そりゃそうだとの俺の返事を聞いて、親父も頷いた。 「母さんはどうだったの?」  俺の言葉に親父は照れたような顔をした。あんたいくつだよ? なんて突っ込みそうになる。 「母さんはいつも綺麗だったよ。もちろん結婚してからもな」  母さんは俺を産んですぐに死んでしまった。だから俺には記憶なんてものはなく、親父の隣で優しく微笑んでいる写真でのイメージしかない。でも、その母さんの顔は嘘偽りなく幸せそうだった。 「親父はさあ、月より綺麗じゃない母さん見なくて、ある意味幸せだったんだよ」  ちゃかした俺の物言いが勘にさわったのか、少し強めに頭を叩かれた。 「バカやろう。母さんはな、今でも綺麗だったはずだ。例えどんな月持ってきても負けねえよ」  自分の言葉のせいなのか、酒のせいなのか、親父の顔はさっきよりも赤い。  俺がさらにからかうように、「そんなオノロケいらないよ」と親父に返すと、「なにおう!」とヘッドロックをかまされた。  それが俺と親父の最後の会話だった。
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