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カイル
話は少しさかのぼる。
ジーナに会いに父の屋敷に行った日だ。
私はテオにカイルの為の物資や支援について相談をしていた。
私も少しは収入を持つ。持参金として小さな荘園を持たされていた。ここから上がる収入で支援をしようと思ったのだ。
父の屋敷のカイルの部屋は母が居たときよりも閑散としていた。
庭先とつながる暗めの広い部屋に赤子と乳母とジーナのみ。子どもがいると感じられる賑やかさや活気は全くない。赤子が一人で放置される時間も多そうだ。赤子に何かあった時もう少し人手があった方が良さそうに思えた。
「支援もできるけれど、ここで世話をするのはどうだろう。赤子はあなたの弟だし。理由はある」
それは考えてなかった。ここは私の居場所ではあったが、あくまでもテオの家であり自分の家という認識はなかった。ここで世話をするなど考えにすら入れていなかった。
それに放置されているがカイルは王子であり、順位は低いが王位継承権をもつ。
父がカイル並みに関心のない私を育て親に認めるだろうか。
テオの父は過去に大臣を務めていた。カイルを政治利用すると疑われはしないだろうか。
「父君のカナル様にたずねてみたらいい。ダメなら援助したらいいよ」
私はジーナを通じて、父に申し出た。
*
屋敷の陽当たりの良い東側の一角が改装された。優しい色合いに塗り直された壁。家具や明るい色で統一され、部屋の前には植物の緑色の絨毯が広がる庭先。
ここだったら歩くようになったら危なげなく遊べるだろうというテオの見立てだった。
カイルは男子王族として王位継承権を持ち、生まれた時から独自の称号を与えられていた。その紋様が縫い付けられた晴れ着も用意した。これは縫いとりを教えてもらっていたミンの母親に依頼して施してもらったものだ。
カイルと乳母、ジーナの3人を屋敷に迎え入れる。新しい生活にジーナは嬉しそうだ。部屋に案内すると乳母とジーナから歓声があがった。部屋の必要品は屋敷の皆と相談して、子どもやその世話をする人が過ごしやすい部屋作りを心がけた。
落ちついた頃を見はからって、東のカイルの間となった部屋を訪ねた。久しぶりに見るカイルは以前よりも大きくなり、腕や股に肉がつきぷくぷくしていた。真ん中から突き出すように生えている髪も量が増えていた。ふわふわのにこ毛。髪の風合いや眉毛の生え方が私と似てる気がする。
カイルの顔にまじまじと見入っていると乳母に「抱っこしてみますか?」と問われた。頷くと近くに寄るよう指示される。
熱くて湿っているカイル。
おそるおそる抱きかかえると首を支えるよう修正を入れられた。ふにゃふにゃで壊れそうで怖い。
抱いているのがいつもと違う人間とばれたのか急に表情がゆがみむずがりだした。慌てて乳母に戻した。
熱さが離れていく。離れていく赤子からは日なたと甘い乳の匂いがした。
*
最初は遠巻きに見ていた屋敷の人たちも、カイルと接点が増えると関与せずにはいられないらしく、すぐにこの屋敷の人気者になった。カイルの顔を見たがり噂する。仕事に厳しいと言われるハンナもカイルにはデレデレだ。
乳母からふんだんに乳をもらい肉肉しいまでに膨らんだカイル。今日はふわふわした敷布の上でごろごろ転がっていた。これは歩行までの過程の一つらしい。
ジーナと二人でその様子を見守る。
「ソナ様は転がってなかったですね」
思い出したように語るジーナ。
私の小さい頃の話なんて初めて聞く。話をしてくれそうな存在の母は、私が子ども時分に倒れてしまい私は自分の記憶以前のことをあまり知らない。
「姉弟なのに違うものなの?」
「姉弟でも成長の仕方は全然違いますよ。でも、顔には面影がありますね」
カイルと私は髪の色合いと毛の質と眉は似ていた。
「多分、姿もそっくりですよ」
私もあのようなぷくぷくだったのか。
カイルはころりところがり、うつ伏せになると手をついて上半身をもたげる。
「すぐにはい出しそうですね」
ジーナの見込みは当たった。
数日後にはい出しを始めるカイル。皆で危険を排除するためはうカイルの先回りをするようになる。
元々落ちついていた屋敷も慌ただしく賑やかになった。子どもが一人いるだけで様子は変わる。私は皆の変化に驚き、面白がっていた。
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