《2》ねぇ千葉、俺はね。

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     *  君を泣かせてばかりだったあの男は、もうすぐいなくなる。  君は今、俺の腕の中にいる。  なのに、渇きは少しも癒えない。  これが罰だ。心を置き去りにしたまま、君を強引に奪い取った罰。  俺のものにしたのに、本当の意味では永遠に手に入らない。それが分かっていて、それでも堪えきれなくて君を抱いている。こうやってますます深く傷つけて、ああ、俺はなにをやっているんだろう。  泣いて拒めばいいだけの話なのに、どうしてそれが分からない。  君の弱みにつけ込んで、俺は君を傷つけた。今もこうやって奪い続けている。傷つけ続けている。  俺はあいつ以下だ。  こんなにも狡猾で醜悪なんだ、それなのに。 『(はるか)さん』  ――どうして君は、そんな声で俺を呼んでしまうんだ。  誤解してしまいそうになる。  もしかしたら君は許してくれたんじゃないか、俺に絆されてくれたんじゃないかと。  俺がしたことは、絶対に許されるべきことではないのに。  縋るように絡められる白い指先も、口づけを強請って首を引き寄せようとする両腕も、赤く火照った頬も、甘く掠れた声も、君のなにもかもが俺を惑わす。  これではまるで、君が俺を愛しているみたいだ。  それ以上喋らないでほしい。  なにも言うな、俺を呼ぶな。そんな目で俺を見ないでくれ。  新しい涙を次々と溢れさせて甘い声をあげる君は、俺が知る他の誰よりも美しい。  あっけなく絡め取られてしまったのは、君ではなく俺だ。長く抱えていた想いを直接君に告げるつもりなんて、本当はこれっぽっちもなかった。あの日なにもかもを狂わされたのは、俺だって同じなんだ。  だからもう、俺を惑わさないでほしい。  叶う見込みのない期待を、これ以上俺に抱かせないでほしい。  力が抜けた身体を、壊れ物に触れるように緩く抱き締める。  いまさらこんなふうに触れたところで仕方ないと頭では分かっていても、いつだって最後にはこうするしかできない。 「……愛してるんだ……」  掠れきった俺の声に、君からの反応はなかった。  当然だ。俺が君にこの言葉をかけるのは、君が眠っていたり気を失っていたりするときだけ。いつだって、君が聞いていないときだけだから。  それを聞いてしまったら、君は簡単に返してしまうでしょう?  私も、と口にしてしまうでしょう?  駄目だよ。だってそれは勘違いだ。  俺に救われたみたいな気になってしまっている、それ自体が錯覚なんだ。  君は絶対に、安易に俺に心を開いたりしてはいけない。  君には心底同情してしまう。  恋人に何度も浮気を繰り返されて、それを実際に目の当たりにして傷ついて、挙句こんな男に捕まって……君は一体、どこまで運が悪いんだろう。  愛する人に愛してもらえないこと。  どれだけ愛していようと、それを本人に伝えることすら許されないこと。  それこそが、俺が犯した罪への罰。  細い人差し指が、ひくりと小さく動く。  結局、それには気づかなかったふりを決め込むことにした。 〈了〉
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