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「館花さん、彼氏来てるよ」
同じ部署の先輩がそっと清良に教えてくれる。
あの日以来、優は会社まで清良を迎えに来る。別に中にまで乗り込んでくるわけではない。終業時間のころに、会社の近くでウロウロし出すのだ。
残業になってもおかまいなく、何時間でも外で待っていた。
最初は迎えに来てくれる美形の彼氏に、女子たちは一様にうらやましがったが、最近では少し気味悪がっている。
もっとも優の策略は功を奏している。
彼氏が外でウロウロ待っているとあって、清良は飲みには誘われなくなったし、残業もよほどでないとしなくなった。
優は時間通り清良を連れ帰り、清良の夜を自分のものにすることに成功した。
別に優は清良を強引に連れて帰ったわけではない。ただそこにいるだけだ。清良が出てくると、嬉しそうに手を振り、今日は何を食べようかと他愛無い話をしながら、家路につく。
二人で買い物したものを広げ、優が作ったり、二人で仲良く作ったりした。それを、一緒に美味しく食べた。
その後は、毎晩しっかりと愛された。
清良の心も身体も、幾分の隙間もなく、優は愛撫し、満たしていった。それは時に過剰で、満ちるのを通り越し、溢れ、清良が溺れかけたのもしばしばだった。
その後は、優の腕の中で眠りに落ちた。
その腕は朝が来るまで解かれることはなかった。
「お前大丈夫か?」
自販機の前で声をかけてきたのは、あの日飲みに行った同期の男だ。彼と恋仲になったことはないけれど、男友達としては仲が良い。あの夜に家で何が起こったのか、この男には言っていないが、優が迎えに来るようになって、気を使ってか飲みに誘ってくることはなくなった。
「颯太か。なにが?」
ジュースを選びながら、訊き返す。
「お前の彼氏だよ。お前最近、元気ないし。なんか顔色も悪い気がするし。DVとかじゃないよな?」
DV?
清良は衝動的に服を脱いで、身体を見せてやりたくなった。傷などない。毎晩、優に愛されている身体。
清良は笑って、颯太を振り返った。
「愛されてるよ」
そう言うと、「じゃあいいけどさ」と颯太も言う。
「あんなイケメンの彼氏ができて、よかったなと思ったけどさ、なんっかさ」
はっきり言わない颯太に、清良はイラついた。
「なんか、なによ」
「なんか……危うい感じがするんだよね。大丈夫なのかなって心配になる感じの」
「なにがよ。余計なお世話」
毒づきながらも、颯太が心配してくれているのは十分に分かった。そして、颯太が言わんとしていることも。
危うい。
確かに危ういかもしれない。
あんなに隙間なく愛されている実感があっても、清良と優の間には安定という言葉は最も遠いところにある気がした。
逆に危うさの方が、二人には近い。
刹那的なのだ。優の愛し方も清良の受け入れ方も。
きっとこの先は、ハッピーエンドではない。
でも……それでも願わずにはいられない。
一分でも一秒でも長く、優に愛されていたい。
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