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優はぼんやりと窓から月を見ていた。清良も優の肩越しに宙を見る。
「あ、今日、満月?」
丸い月を見上げて、無邪気を装うが、優の顔が憂鬱そうなことには気が付いていた。
「違うよ、今日は小望月」
窘めるように、優が言った。
「こもちづき?」
「そう、明日が満月。望月だよ」
望月。月を望む。
「だれが満月なんか、望んだんだろうね」
清良に話しかけるというよりは、独り言のように優は呟いた。
清良はふいに苦しくなった。
優の心はもう月に引っ張られている。抗い難い力。ダレガツキナドノゾンダノカ。
優は清良を引き寄せると、自分の膝に乗せた。
「昔見たアニメで、月を壊すのを見たことがある。主人公は満月を見ると大猿になってしまうんだ。それを止めるために、敵が月を壊すんだけどね……誰か本当に月を壊してくれないかな」
優の声は冗談に聞こえなかった。その声は悲しみに沈んでいて、切実さを孕んでいた。
「でも月がなかったら、潮の満ち引きとかがなくなって、地球は大変なことになるんでしょ?」
現実に戻したくて、清良は努めて平静な声でしゃべる。
「いいよ、ぐちゃぐちゃになったって」
優は投げだすように言った。
「ぐちゃぐちゃになって、明日が来なければいいのに」
ぎゅっと強く清良を抱きしめる。骨がきしんで折れるかと思った。痛いと抗議の声を上げても、優は清良の肩に顔を埋めたまま、力を緩めてはくれなかった。
「清良、僕の中にいてよ。ずっと一緒にいてよ」
明日。
月は一体何を映すのだろう。
優の言う通り、誰かが月を壊さなくてはならなかった。
壊されなかった月は、容易く優を絡め捕ってしまった。
自分に覆いかぶさる優の頭越しに、まるい月が明るく輝いていたのを覚えている。クレーターまで見えそうにはっきりと。ああ、これが満月か。確かに昨夜よりまるい。
それは太陽の光を反射させているだけにしては、明るすぎる気がした。月自体が光を放っているのでなければ、いったい何がこれほど月を際立たせる?
満月の今日も、大潮だ。
血潮が引っ張られる。
月に映される、罪。
明るみに出てしまう。
優の手が自分の首にかけられたのを感じた。
その目は悲しそうで、途方に暮れているように見えた。手を伸ばし、優の頬に触れると、涙で濡れていた。
優の手にだんだん力が入り、清良の体中の血が酸素を求めて暴れ出す。
「す…ぐる……だ…い…じょう……ぶ?」
なんとか言葉が空気に触れた途端、優の力が抜けた。それと同時に、清良の意識はストンと落ちた。
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