さよなら、ママ

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 あなたは完璧主義だから、少しでも欠けていることが許せない。  他人より劣ること、他人から侮られること、見下されることは、絶対に受け入れられない。  人一倍、負けず嫌いで、プライドが高いから、瞬間湯沸かし器みたいに、すぐに沸騰する。  あなたの機嫌を損ねるのが怖くて、いつも顔色をうかがっていた。無邪気を装っていた。あなたの言いなりになっていれば、無事にやり過ごすことができるから。  先月、あなたからかかってきた電話もひどかった。  あんなになってまで、生きていたいのかしらね。  あなたはそう言って、寝たきりの姑を否定した。生にしがみつくだけの人生は下品だと。死に損ないは醜いと。  でも、あなたはきっと否定する。そんな無神経なこと言うはずがないって。ひねくれた娘の穿ったやっかみだって。  自分が言ったことを覚えていない人間と、まともに正面からやりあうなんて労力の無駄。あなたは、誰からなにを言われても聞く耳持たないから。  人は、産んでくれた人から否定されたら、生きていけない。  あなたは自分を肯定するために、あなたではないもの全てを否定する。あなたから生まれたものも、あなた自身ではないから。  他人のことを常識がないと言って、口汚く罵っていた、あなた。  人に向かって常識がないって言える人間のほうが、よほど非常識。常識なんて、唯一絶対の物差しはない。国により、地域により、家庭により、人によって、みんな違う。あなたの常識は、他人にとっては非常識。  きっと、覚えてないだろう。  心の病なんて遺伝でしょうって、あなたは言った。  ボロボロで限界になってたあたしに向かって。うちの家系には、そんな頭のおかしい人はいないって。そう言って、パパの血筋を疑った。まるで、無色透明の水に汚染された水を混ぜたように、顔をしかめて。  一生懸命に子育てしたって、あんたみたいに人生失敗することがあるのね。  あなたにそう言われた日のこと、忘れられない。  いつかは、こう言ってた。あんたの全てが気に入らないって。あれは、あなたの本心でしょう。ああ、やっぱりなって腑に落ちた。あなたに認められていないってわかってた。  あなたの自慢になるような娘じゃなくて、ごめんなさい。  小さい頃は、あんたの出来がいいからって、まわりからチヤホヤされたのに、どんどん落ちぶれてからはチヤホヤされなくなってつまんない。  いつも、そう言っていた。娘の自慢しかすることがない、哀れな人生。  あなたみたいにはなりたくない。そう思っていたけど、最近、口調があなたにそっくりなのに気づいてぞっとする。顔だって、昔のあなたにそっくりになっていく。  あなたを殺したいって、ずっと思ってた。ずっとずっと思ってた。  最近は、逆縁のほうがいいと思う。あなたより、先に逝きたい。娘に先立たれたあなたは、きっと嘆き悲しむでしょうね。自分の身に起きた不幸を嘆く姿が目に浮かぶ。かわいそうなあなた。そんな想像をする時だけ、少し、胸がすっとする。  あなたは完璧主義だから、少しでも欠けていることが許せない。  体の不自由な人、意思の疎通ができない人を見ると、どこに生きてる価値があるのかわからないと言って、唾を飛ばして罵った。ずっと不思議だった。どうして、そんなひどいことを口にできるのか。自分には価値があると思いこめるのか。  生きてる価値も意味もわからない。でも、相手の立場に立てば、ひどいことなんてできない。自分がその立場にいて、されたくないことはしない。当たり前のことが、どうしてあなたはできないのか。ずっと不思議だった。  先日、伯母の見舞いに行った時に、思いがけないことを聞いた。伯母はあなたが話しているものだとばかり思っていたから、知ってる振りで通すのは難しくなかった。  あなたは、初めての子を中絶していた。胎児の心身に明らかな障害があるとわかって、医師の勧めで堕ろしたのだと。  伯母の話を聞いて、ようやく納得がいった。  だから、あなたは瑕疵のない子どもが欲しかった。  五体満足で、健康で、賢く、美しく、魅力的な子どもじゃなければ、あなたの中絶という選択が無意味になってしまう。ただの人殺しになると思いつめたんでしょう。  この件で、あなたを責めようとは思ってない。いまとは時代も違う。医師を押し切って、苦労の多い道を選ぶのは、とても困難で勇気のいることだ。  失われた命は気の毒だと思う。けれど、無事に生まれた子どもに完璧を求めるのは間違い。弱点のない人間なんていない。  昨日、やっと病院に行ってきました。  外へ出ることを極端に嫌がる息子を連れて、ようやく受診できた。病名? 知っても仕方ない。幻聴と幻覚に悩まされる息子を見れば、おのずとわかるはず。いまの彼は普通じゃない。今度のあなたは、婿の血筋を悪く言うのかしら。精神を病んだ先祖がいるはずだって、詮索するんでしょうね。  あなたを恨んでるって言いたいわけじゃない。  ただ、もう疲れた。  どれだけ頑張っても、あなたの要求水準には届かない。あなたの娘も、あなたの孫も、不完全な存在だから。あなたは一生、認めないのだろう。  病んだ孫だけを残されたあなたの顔、さぞかし見ものだと思う。  でも、もうどうでもいい。この手紙だって、あなたへ送る気はない。部屋のどこかへ隠しておくつもり。見つかってもいいし、見つからなくてもいい。  さよなら、ママ。  
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