この世界では、月に食べ物をお供えします。

1/4
前へ
/4ページ
次へ
 白い陶器製のヴィーナスである私は、日曜日に開かれていた骨董市で、かわいらしい七歳くらいの女の子を連れた優しそうな、若いご夫妻に渡されました。  お父さんが、新聞紙にくるまれた私を大事に抱きかかえて、一戸建ての新築の家まで連れて行ってくれました。  庭の花壇に私を設置してくれました。美しい花々さんが先輩の私に気を使ってます。 〈ヴィーナスさま〉 〈さまは、よしてね。みんなでこのご家庭と、お家を守ろう〉 〈はい〉    色取り取り、原産地が世界中の植物に囲まれれば、良い香りが私の全身を覆ってくれます。  再び天に舞い戻れるかのような気分でした。私は飾られたご家庭に事故がないように見守り、幸福をお祈りし続けるのが役目です。  娘さんは、両親のお手伝いで、毎日花壇に水やりをし、楽しそうに家のすぐ近くの“小学校”と呼ばれる場所に通う日々。お父さんは背広を着て、”会社”へ出かけては、疲れた顔をしながら帰宅する毎日でした。  一方、お母さんは、昼間は“パート”と呼ばれる職場に行きながら、家事をこなしているようです。ご家族三人が、何日も家を留守にするのは、旅行の数日間でした。  その間は前の家では、とても寂しかったのですが、今回は、庭の植物さんとおしゃべりをして過ごせました。  無事、事故がなく旅行から戻れるよう、お祈りし続けました。そして、幸福感に包まれながら、帰宅したご家族の笑顔見れば、ほっと安堵します。  娘さんが“中学校”と呼ばれる場所に通うようにになって暫くたったある日のことです。  しょっちゅう家に遊びに来ている同級生の女の子が、私の前にたち、唇の端を上げています。いたずらっぽく声を漏らしました。 「胸が見えて、エッチな像」  お姉さんが上半身だけ裸なのは、生まれつきなんだよ。私に命を吹き込んだ方に謝まろうね、と注意をしてあげたいのです。  しかし、体を動かせず、言葉を発することができない私に、心の内を伝える方法はありません――。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加