大司教にして錬金術師・グレアムからの手紙

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 大司教にして錬金術師・グレアムからの手紙

 ルシフェルダ。わしの名づけ子にしてこの国のもっとも不幸な王女よ!  わしがそなたを最初に見たのは、洗礼式のときであった。  母の腕に抱かれ、絹のガウンを着せられたすこやかな赤子。それがそなたであった。しかし、幸いはその時代だけであったかもしれぬな。  そなたの父、インゴッド四世が嬰児のころに洗礼をほどこしたのもわしであった。  父と娘に洗礼をほどこし、名をつけたわしは、実の父以上の存在なのである。  わしのこの長寿を、インゴッド四世はうらやんでいた。錬金術の秘法によって命を永らえているのだろうと疑っておった。  若き女をはべらせ、財宝をわしの教会にみついだインゴッド四世の望みはただ一つ。  不老不死であった。  ルシフェルダよ。  この手紙を心して読むがよい。  わしはあの男がインゴッド四世として王国に君臨し続けることは許せなかった。  神にそむいて不死を望むこともおぞましいことじゃと考えていた。  こんなことを書き送ることを、ルシフェルダ、そなたは不審に思うであろう。  なにしろわしは酒と金銀にうつつを抜かす老人で、強欲ゆえに錬金術をためしている背徳の司教じゃという声もあるからな。  だが、それは仮の姿である。  そういう姿勢をとらねば、インゴッド四世のそばに仕える大司教として教会を守ってはゆけなかったのだ。  そなたの父について、悪く書くことは神も許してくれよう。  インゴッド四世は恥ずべき男であった。  アレクソード将軍を辺境の地へ派兵するように命じたのは、そなたと引き裂くため。  王は嫉妬していたのだ。自分の娘によこしまな欲望をいだいていたのだ。  なんの罪科もないジェルソミナ王妃を死刑にし、いやしいエメリアを後添えにむかえた。この婚姻は教会の許しもなかった。  そしてルシフェルダ。そなたが美しく成長するにつれ、インゴッド四世は自分が父親であることを忘れる瞬間があったのだ!  わしがそなたを「幽閉」するように王に進言しなかったら、どうなっていたことか。  王は亡きジェルソミナ王妃をおとしめていたであろう。すなわち魔女の秘法をもってみごもり産んだ娘がルシフェルダである、と。そしていまごろそなたは王女の身分を剥奪され、父の血を引いておらぬ「魔女の申し子」として父王にむごい仕打ちを受けていたはずであった。  ゆえに、わしがルシフェルダ王女を幽閉せよ、と王に進言したのは、そなたを守るためなのだ。  けしてアレクソード将軍とそなたがわしへの忠節と寄進が少ないなどと不満を持っていたためではない。  すべては名づけ子への愛がなせる業であった!  神の名において誓う。  わしの手はいま、血でけがれている。  インゴッド四世は死んだのだ。  殺された。  わしの手を使い、神が彼に死をくだしたのである。  ゆえにそなたがもし、わしを忌み嫌っているとしたらお門違いもはなはだしい。  インゴッド四世のみだらな欲望からそなたを守るため、わしはそなたを幽閉させた。  そしていま、わしは幽閉から王女ルシフェルダを解放するために王を殺したのだ!  わしはそなたの心の師じゃ。けして裏切らぬ。  さあルシフェルダよ。女王となってこの王国の光りとなれ!
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